「理央の事、ごめんなさい」
公園に出ると、結子は深々と咲乃に頭を下げた。
彩美は理央を落ち着かせるために、理央と一緒に帰って行った。改めて咲乃と二人きりになり、結子は逃げてしまいたい気持ちを殺して、咲乃と向き合うことを決心した。
「中本さんが謝ることないよ。巻き込まれていたのは、きみの方だから」
咲乃がゆるく首を振る。そう、自分は巻き込まれていただけだった。おまじないに頼って、理央の都合の良い言葉に惑わされた自分にも非がある。
結子は涙を堪えて視線を落とした。
「篠原くんは……初めから、私が篠原くんの事が好きだって知ってたの?」
自分の手を握って、小さく呟く。
「だから敢て、私に優しくしていたの?」
震える声を抑えて、何とか平静を保つ。咲乃は何も答えずに、静かに頷いた。
「……理央にね。篠原くんの『特別になれるおまじない』をしてみようって誘われたの。何もしないで落ち込んでいるよりはマシだって。それには、篠原くんにとって特別な人の髪の毛が必要だって言われたの」
篠原くんにとって特別な人。山口さんの髪を入手するのは難しいけど、寝ている神谷くんなら、髪の毛を入手するのは簡単だと言われた。髪の毛を切るなら、今しかないと。
「きみはそれを、本気にした?」
咲乃の問いに、結子は強くスカートを握りしめた。
「そんな事しても無駄だって分かってた。おまじないに縋っても、篠原くんの気持ちが私に向くことはないんだって、全部どうにもならないって分かってた」
一筋の風が二人の間に抜けていく。どうしようもなく身体が震えるのは、寒さからなのか、悲しさからなのか。結子にはもう、分からなくなっていた。
「でも……諦められなかった。篠原くんが私に興味を持ってくれたのは、赤い糸のおまじないが切っ掛けだったから」
ついに堪えていた涙が溢れた。涙が止めどなく目から流れて、結子の頬を濡らした。
「お願い、篠原くん。本当のことを言って。私の事、どう思ってた? 私に声を掛けてくれた時、本当に理央に近づく為だけだったの? 篠原くんがくれた言葉は全部嘘だったの?」
聞きたくない。けれど、聞かなくてはずっと立ち上がれないままだ。
嘘でもいいから好きだと言ってほしいという気持ちと、嘘はつかないでほしいという気持ちがせめぎ合う。どちらも望みすぎていて、苦しかった。
「ごめんね、中本さん」
だからだろうか、彼から発せられた言葉に残酷なほどにホッとしたのは。
「初めから、中本さんに興味なんて無かった。田中さんを捕まえるために、必要だったから近づいたんだ」
そう、微笑んで言われたとき、結子は泣き崩れた。いくら泣いても、二度と結子に優しい手が差し伸べられることは無かった。
あれから数日が経った。
理央はしばらく学校を欠席していたが、また学校へ来るようになった。咲乃と目が合うと、気まずげに目を逸らす。結子も咲乃を見る事は無くなり、咲乃もまた、結子に視線を向けることは無い。深い溝は二人に適切な距離を保って存在していた。結子が咲乃を追いかけることは、もう二度と無かった。
神谷が入院している間、咲乃は重田達と過ごし、病院には週に2回ほどは見舞いに通うようにした。そうでないと、神谷が不貞腐れるからだ。
「誰も俺のことを見舞いに来ねぇ……。俺、見捨てられちゃったのかな?」
神谷に涙目で言われて、咲乃は苦笑した。あんなに大騒ぎになったのに、みんな、神谷を心配していたのは最初だけだったようだ。
「いちいち来るのが面倒なだけでしょ。何だかんだ、みんな部活とか塾で忙しいし。ねっ、篠原くん!」
変ったことと言えば、時々彩美もついて来るようになった事くらいだろうか。
「それはそうと、山口さん。神谷に伝えたいことがあるんじゃなかった?」
咲乃が彩美に謝罪の切っ掛けを振ると、彩美は「えっ」と言葉を詰まらせた。顔を赤くして慌てている。
「こっ、こんな奴に言うことなんて無いもん!」
「山口さん?」
彩美が逆ギレするのを、咲乃が窘める。神谷は呆けた顔で二人のやり取りを交互に見た。
「何だよ。山口が俺に伝えたい事って」
「っ……こ、この前は……」
声を絞りだすように彩美が言葉を吐く。
「この前は?」
神谷が彩美の言葉を復唱した。中々言葉が詰まって言い出せない彩美に、神谷は益々呆けた。
「何だよ、何だよ。早く言えよ。『この前は』?」
咲乃はうんざりして溜息をこぼした。神谷の口元がわずかに上がっている。明らかに言いたい事が分かっていて、彩美の反応を面白がっているのだ。
「っ……この前は、首の骨まで折って死ねば良かったのよ、このバカっ!」
彩美は大声で叫ぶと、クッションを神谷の顔に投げ捨てて帰って行った。同じ光景をもう3度は見ている。
公園に出ると、結子は深々と咲乃に頭を下げた。
彩美は理央を落ち着かせるために、理央と一緒に帰って行った。改めて咲乃と二人きりになり、結子は逃げてしまいたい気持ちを殺して、咲乃と向き合うことを決心した。
「中本さんが謝ることないよ。巻き込まれていたのは、きみの方だから」
咲乃がゆるく首を振る。そう、自分は巻き込まれていただけだった。おまじないに頼って、理央の都合の良い言葉に惑わされた自分にも非がある。
結子は涙を堪えて視線を落とした。
「篠原くんは……初めから、私が篠原くんの事が好きだって知ってたの?」
自分の手を握って、小さく呟く。
「だから敢て、私に優しくしていたの?」
震える声を抑えて、何とか平静を保つ。咲乃は何も答えずに、静かに頷いた。
「……理央にね。篠原くんの『特別になれるおまじない』をしてみようって誘われたの。何もしないで落ち込んでいるよりはマシだって。それには、篠原くんにとって特別な人の髪の毛が必要だって言われたの」
篠原くんにとって特別な人。山口さんの髪を入手するのは難しいけど、寝ている神谷くんなら、髪の毛を入手するのは簡単だと言われた。髪の毛を切るなら、今しかないと。
「きみはそれを、本気にした?」
咲乃の問いに、結子は強くスカートを握りしめた。
「そんな事しても無駄だって分かってた。おまじないに縋っても、篠原くんの気持ちが私に向くことはないんだって、全部どうにもならないって分かってた」
一筋の風が二人の間に抜けていく。どうしようもなく身体が震えるのは、寒さからなのか、悲しさからなのか。結子にはもう、分からなくなっていた。
「でも……諦められなかった。篠原くんが私に興味を持ってくれたのは、赤い糸のおまじないが切っ掛けだったから」
ついに堪えていた涙が溢れた。涙が止めどなく目から流れて、結子の頬を濡らした。
「お願い、篠原くん。本当のことを言って。私の事、どう思ってた? 私に声を掛けてくれた時、本当に理央に近づく為だけだったの? 篠原くんがくれた言葉は全部嘘だったの?」
聞きたくない。けれど、聞かなくてはずっと立ち上がれないままだ。
嘘でもいいから好きだと言ってほしいという気持ちと、嘘はつかないでほしいという気持ちがせめぎ合う。どちらも望みすぎていて、苦しかった。
「ごめんね、中本さん」
だからだろうか、彼から発せられた言葉に残酷なほどにホッとしたのは。
「初めから、中本さんに興味なんて無かった。田中さんを捕まえるために、必要だったから近づいたんだ」
そう、微笑んで言われたとき、結子は泣き崩れた。いくら泣いても、二度と結子に優しい手が差し伸べられることは無かった。
あれから数日が経った。
理央はしばらく学校を欠席していたが、また学校へ来るようになった。咲乃と目が合うと、気まずげに目を逸らす。結子も咲乃を見る事は無くなり、咲乃もまた、結子に視線を向けることは無い。深い溝は二人に適切な距離を保って存在していた。結子が咲乃を追いかけることは、もう二度と無かった。
神谷が入院している間、咲乃は重田達と過ごし、病院には週に2回ほどは見舞いに通うようにした。そうでないと、神谷が不貞腐れるからだ。
「誰も俺のことを見舞いに来ねぇ……。俺、見捨てられちゃったのかな?」
神谷に涙目で言われて、咲乃は苦笑した。あんなに大騒ぎになったのに、みんな、神谷を心配していたのは最初だけだったようだ。
「いちいち来るのが面倒なだけでしょ。何だかんだ、みんな部活とか塾で忙しいし。ねっ、篠原くん!」
変ったことと言えば、時々彩美もついて来るようになった事くらいだろうか。
「それはそうと、山口さん。神谷に伝えたいことがあるんじゃなかった?」
咲乃が彩美に謝罪の切っ掛けを振ると、彩美は「えっ」と言葉を詰まらせた。顔を赤くして慌てている。
「こっ、こんな奴に言うことなんて無いもん!」
「山口さん?」
彩美が逆ギレするのを、咲乃が窘める。神谷は呆けた顔で二人のやり取りを交互に見た。
「何だよ。山口が俺に伝えたい事って」
「っ……こ、この前は……」
声を絞りだすように彩美が言葉を吐く。
「この前は?」
神谷が彩美の言葉を復唱した。中々言葉が詰まって言い出せない彩美に、神谷は益々呆けた。
「何だよ、何だよ。早く言えよ。『この前は』?」
咲乃はうんざりして溜息をこぼした。神谷の口元がわずかに上がっている。明らかに言いたい事が分かっていて、彩美の反応を面白がっているのだ。
「っ……この前は、首の骨まで折って死ねば良かったのよ、このバカっ!」
彩美は大声で叫ぶと、クッションを神谷の顔に投げ捨てて帰って行った。同じ光景をもう3度は見ている。