「中本さん、田中さん。そんなものを持って病院に来るなんて、ちょっと物騒じゃない?」

 結子と理央が振り返った。絶望的な表情で咲乃を見つめる結子と、鋭く睨む理央が、寝ている神谷のすぐ側に立っている。彩美が、理央の手を見て目を見開いた。

「えっ……何、これ? 田中さん、何でハサミなんて持ってるの!?」

 理央はハサミを胸の前で握りしめた。隣にいた結子は、血の気が引いた顔で、咲乃と彩美を交互に見る。

「ど、どうして、篠原くんと山口さんが……」

「田中さんと中本さんが来るのを待っていたんだ」

 咲乃は穏やかに言って、理央たちの方へ近づいた。

「感情的になっている中本さんを落ち着かせるために、今日中にでも神谷の元に来るだろうって。でも、俺たちが帰ったタイミングで神谷に近づくだろうから、教えてあげたんだよ」

 咲乃の視線が、ダイアモンドリリーへと向けられる。

 理央は、咲乃と彩美が病院から出る瞬間を狙っていた。病室に新しく、生き生きと咲いているダイアモンドリリーの花束を見て、咲乃が見舞いに置いていったのだと判断し、油断したのだ。



 咲乃は寝ている神谷の髪をひと房掬い、不自然に切られていないかを確かめた。どこにも切られている様子はない。間に合ったようだ。

「髪でも切ろうとしたの? 髪の毛を使った御呪《おまじな》いもあるものね。それとも、掛けようとしていたのは呪《のろ》いかな」

 理央は、ぐっと息を呑みこんだ。

「神谷の髪の毛を切って送りつけようとしたの? 俺への警告のために。勝手に人の髪を切るのは傷害だよ。神谷に嫌われるのは、きみの本意ではないよね。だって田中さん(きみ)は、神谷が好き(・・・・・)なんだから」

 理央の顔が青ざめ、ゆっくりと後退した。

「なんで……なんで、あたしが……神谷くんのことが好きだなんて……」

 神谷が好きだということは、親友の結子にも明かして来なかった。咲乃がそれを口にすることで、理央の心の中にある大切な部分を踏み荒らされているような嫌悪感が、身体の中に駆け巡った。

「神谷は目立つから、結構人気があるんだよ。異性の友達も多いし、神谷が怪我をして入院したときも噂が回るのも早かった。当の本人に自覚がないのが残念だけどね」

「イヤ……」

 理央はさらに後退した。全身が、がくがく震える。これ以上踏み込まれたくないと、身体が拒否しているようだった。

「古文の授業中、きみが神谷のことを見ていた(・・・・・・・・・・)時に、神谷に気があるんだと気付いたんだ」

「……イヤ……」

「それに、神谷と居る時に限ってあれだけ熱視線(・・・)を送られていたら、『俺嫌われてるんだな』って嫌でも分かるよ」

「イヤッ!!」

 理央は悲鳴を上げ、ダイアモンドリリーが咲いた花瓶を床にたたきつけた。ガラスが割れる鋭い音が、咲乃の言葉を止めた。床の上に水溜まりを作り、花束は軽く跳ねて花びらを散らす。
 小さく砕けた透明なガラスが水面に混じり、虹色に反射した隙間から俯いた理央の姿を映した。

「あの手紙だってそうだ」

 癇癪を起し荒く呼吸をしている理央を無視して、咲乃は静かに言葉を続けた。

「あの手紙は、俺を想って書いた手紙なんかじゃなかった。一言も俺が好きだなんて書いてなかったし、神谷に関わるなとだけ書かれていたから。
 不可解な手紙を何度も送って来たり、カバンに刺繍針を仕込んだり、呪いの手紙まがいの黒い糸を使った手紙を送ったりして不安感や不快感を煽り、俺が神谷に距離をおくようにしたかったんでしょう?」

 結子は驚愕した表情で、理央を見た。

「……手紙って? 刺繍針を仕込んだって何? 理央、篠原くんに何をしてたの!?」

 泣きそうな顔をして、結子が理央を問い詰める。理央は結子に黙るように睨む、射抜かんばかに咲乃を睨みつけた。

「……あんたの言う通り、あの手紙も針も全部あんたへの警告だったわ。あんたが転校してから、神谷くんはいつもクラスの空気が悪くならないように気を使って、あんたを立てるような事ばっかりやってた。見ていられなかったの。なんで、あんたみたいな、人間《ひと》を小馬鹿にしたような冷淡なクズがクラスの人気者で、クラスのことをよく見てる神谷くんがその足元にいるような扱いを受けなきゃいけないわけ? ふざけないでよ。今のクラスは、全部神谷くんが作ったんじゃない!」

 ハサミを握りしめた理央の手は、強く握りすぎて真っ白になっていた。歯を食いしばり、唸るように言葉を吐き出す。