昇降口の前で待っていた彩美は、咲乃の姿を見つけると、彼に駆け寄った。

「篠原くん、大丈夫だった!?」

「うん。待たせてごめんね」

 彩美は首を横に振った。

「私は平気。でも、さっき中本さんが……」

 5分くらい前に、涙で目を赤くした結子が、彩美に目を向ける事も無く走り去って行った。
 彩美が不安げに咲乃に伝えると、咲乃は特に気にしたふうでもなく、穏やかに頷いた。

「そう。じゃあ、神谷の所へ行こうか」

 咲乃のあっさりとした様子に、彩美は驚いた。あんなに仲が良いように見えていたのは自分の勘違いだったのか。




 病院に向かう途中、ふたりは花屋に寄った。選んだのは、ダイアモンドリリーという種類の花だった。ピンクや白、黄色などの色鮮やかな花束は、日の光をはじいて宝石のように輝いている。

「篠原くん、そのお花、好きなの?」

 彩美は、美術の授業で咲乃が同じ種類の花を描いていたことを思い出した。宝石のように光り輝く花束を持った咲乃は、優しい顔をして花びらや葉に痛みが無いか念入りに確認している。

「見舞いに来たってのがわかるかなって」

 咲乃が描いたデッサンの絵は、とても良く描かれていると美術の先生がみんなの前で紹介していたから、クラスメイトならだれでも目にしている。形が特徴的なダイアモンドリリーならば、花に疎い神谷でも覚えているだろう。
 自分が来たことを伝えるためにダイアモンドリリーを選んだのだと彩美は納得して、咲乃の手の中で淑やかに輝くダイアモンドリリーの花束を見つめた。


 病室では、呼吸器を付けた神谷が深く眠っている。咲乃は、病室の花瓶にダイアモンドリリーを飾った。

「神谷くん、良くなるかな」

 彩美がぽつりと言ったのを聞き取って、咲乃は穏やかに頷いた。

「大丈夫だよ。神谷なら」

 そう、きっと神谷なら。彼ならすぐに怪我を治して、またいつもみたいに調子良く騒いで、クラスを明るく照らしてくれる。
 彩美も咲乃に頷いて、病室を後にした。

 二人は病院を出ると、目の前の公園のベンチに座った。お互い何を言うでもなく、のどかな午後の風景を眺める。
 彩美は近くで買った自販機の緑茶を飲みながら、内心ソワソワしていた。咲乃は何か考え事をしているようだ。何も話さない。

「神谷に、俺のことでLINEしていたのって、山口さんだよね?」

 何か話題は無いかと思考を巡らせていた彩美に、不意に咲乃の方から話しかけられた。
 彩美は言葉を詰まらせた。LINEのことを、神谷から聞いていたのだ。

「ご、ごめんなさい!」

 彩美はベンチから立ち上がり、咲乃に深々と頭を下げた。

「私、許せなくて。なんでアイツが篠原くんの友達でいられるのか、全然わかんなくて。だ、だって、私も……篠原くんと仲良くなりたかったのに……っ!」

 今では、あんなことしなければよかったと反省している。自分が咲乃と親しくなれないのは、けして神谷のせいなんかじゃない。勇気がなかった自分のせいなのに。

あの日(試合の日)は、何を話していたの?」

 彩美はおずおずと、咲乃に促されるまま隣に座った。

「……中本さんのことで、色々……」

「中本さんのこと?」

「最初は、八つ当たりだったの。でも、色々言っていたら悲しくなっちゃって、そのまま、神谷くんの前で泣いちゃって――」

 いつもだったら、神谷に通話などかけたりしない。しかし、その日は、体育の時のことがあまりにもショックで、なかなか寝付けなくて、時間も考えずに神谷に電話をかけてしまった。何でもいいから吐き出したい気持ちだった。

「それから3時間も話を聞いてもらっていたの?」

「次の日が試合だなんて一言も言わなかったんだもん! ……ひとこと言ってくれたら私だって……」

 夜中にかかって来るくらいだから、切迫した雰囲気もあったのだろう。泣いてしまった彩美を邪険に出来ず、結局神谷は、長々と彩美の愚痴に付き合ってしまったのだ。愚痴を聞いていたら3時間とは、随分長話に付き合わされたものだ。デリカシーはない癖に、変なところで面倒見のいいところがある。