『篠原くんは、頭良すぎてこれくらい平気かもしれませんけど、わたしはついていけないんです! 篠原くんとわたしとじゃ、頭の構造も違うんですよ!? いい加減遊びたい! ゲームやりたいんです! マ゛ン゛カ゛よ゛み゛た゛い゛ん゛て゛す゛う゛ぅぅぅぅぅぅ!』

 散々怒りを爆発させて、今度はうぉんうぉんと何かの動物のように声を上げて泣き出した。
 咲乃は何とか落ち着かせようと言葉を掛けるが、いくら声を掛けても聞き入れてはくれない。出会ってからこんなに怒りを爆発させる成海は初めてだった。

「ふっ……」

 咲乃が噴出したのを耳ざとく聞いて、成海の泣き声がぴたりとやんだ。

『え……笑ってます……? 篠原くん、笑ってるんですか?』

「ごっ……ごめっ……!」

 咲乃は口を押え、声を押し殺して笑った。腹が痛い。息ができない。止めたいのはやまやまだが、突然緊張の糸が切れたせいで笑いが全く抑えられない。
 しばらく笑い続けていると、成海がずっと無言でいるのに気が付いた。

「……あ、えっと、津田さん?」

『面白かったですか?』

「え、う、ううん。ごめんね?」

 さっきまで泣いていた成海の声が、すっかり冷たいものに変わっている。これはすぐに謝らなければ、後々面倒なことになってしまう。

「ごめんね、津田さん。ちょっと無理させすぎちゃったよね」

 元々成海は、人の期待に応えようとするあまり、過度に無理をしてしまう。そのことを、最近はすっかり失念していた。いつの間にか成海に勉強の無理強いをしてしまっていたのだ。

『別にいいんです。頑張るって約束しましたし』

 不貞腐れた声で、成海が応えた。

「でも、やりすぎちゃったね。今日は課題しなくていいよ」

『別にいいんです。頑張るって約束しましたし』

「津田さん?」

 まだ怒っている。
 咲乃は視線を落とした。睫毛の間から、虚無を映していた瞳に僅かな光が灯る。

「……津田さん。今日の用事が終わったら、そっちに行ってもいい?」

『忙しい篠原くんは、わたしのことは気にせず自分のことでもやってください。別にいいんです。頑張るって約束しましたし』

「津田さん」

 ようやく、成海が黙った。

「今日で用事も終わるよ。だから、また行ってもいいよね?」

 咲乃の声が弱くなっていくのが分かったのか、成海は溜息をついた。

『……わかりました。今日の晩御飯はグラタンだそうです。持って帰りますか?』

「うん、助かる。おかあさんによろしく伝えておいてね」

『わかりました。でも勉強はしたくないっ! 今日は絶対っ!!!』

「わかった、わかったから」

 成海をなだめて、通話を切った。

 丸い頬をぶすっと膨らませている顔を想像して、また可笑しくなった咲乃は、しばらくひとりで笑っていた。