今日の家庭科は、班でシチュー作りが行われた。皆が和気あいあいと楽しげに調理している横で、咲乃と同じ班になった女子達は、絶対に失敗してはいけないというプレッシャーで表情をこわばらせている。自分たちが作ったシチューを咲乃も食べるのだ。不味いシチューなど食べさせられるわけがない。
 咲乃の班は比較的、料理が出来る女子たちが集まっていたため、そこまで神経質になる必要はないのだが、出来るからこそ余計に失敗できないのだろう。

 咲乃は女子たちに言われて大人しくテーブルに座っていたが、あまりにも張り詰めた緊張の中で調理する彼女たちが心配になり、何か手伝おうと立ち上がった。

「俺、野菜でも切ろうか?」

「篠原くんは座ってて!」

 気を遣わせないように申し出たつもりが、怖い顔で怒られてしまった。咲乃は曖昧な笑顔を浮かべて大人しく身を引いた。静かに使い終わった調理器具を洗いながら、なるべく自分の存在を消すことにする。

 女子たちの頑張りのおかげで、無事にシチューは出来上がった。可もなく不可もない出来栄えに、同じ班の女子たちは不満そうにしていたが、咲乃は無事シチューが出来上がったことに安堵していた。授業で作るシチューなのだから、普通で十分だ。
 重たい空気の中、シチューを食している女子たちに、咲乃が「美味しいよ」と微笑んでねぎらうと、彼女たちの機嫌が嘘のように直った。


「神谷くん……。シチューにあるまじきえぐみがすごんだけど……何を入れたの……?」

 神谷の班のシチューの出来は良くなかったようだ。興味本位に別の班の者が神谷の班のシチューを味見すると、皆微妙な顔をして戻って行く。

「篠原くん、良ければ私の班のシチュー、少し味見してみない?」

 料理の腕を見せつけて相手の胃袋をつかんでやろうと、ここぞとばかりに山口彩美が現れた。長い髪を後ろで束ね、バンダナとレース付きの清楚な白いエプロンを付けた彼女の姿は、男子たちの視線を釘付けにしている。

「料理するの好きだから、今日はちょっと張り切りすぎちゃった。篠原くんのお口に合えば良いんだけど……」

 白い頬を赤く染めて、上目遣いで咲乃を見る。どこからかダンッと包丁を突き立てる音が聞こえた。






 結子の班のシチューはルウと水の分量を間違えてしまったせいで、スープのように水気の多い薄味のシチューになっていた。神谷の班のシチューくらいとびぬけて不味ければ、多少話題になったかもしれない。しかし、結子の班のシチューは食べられなくもないため、微妙に話題にも上がりずらい。
 班のみんなも、自分の分を食べ終わるとすぐに他の班の所へ行ってしまい、結子はひとり、黙々と自分が作った班のシチューを食べていた。

「中本さんのところは上手にできた?」

 結子は喉にシチューを詰まらせて咳込んだ。慌てて振り向くと、優しく微笑んだ咲乃と目があった。

「ぜ、全然美味しくないよ!」

 動揺しているのもあって、慌てて否定した。

「少しだけ貰うね」

「ま、待って!」

 咲乃は余っていたスプーンを手に取ると、結子の皿から少しだけシチューをすくい、そのまま口の中にいれた。
 結子は驚きのあまり、唖然として咲乃を見つめた。

「ん、美味しいよ? これにコンソメを入れて塩と胡椒で整えたら、クリームスープになりそうだし」

「……篠原くん、お料理詳しいの?」

 絶対に美味しくないシチューを咲乃に食べられ、結子が顔を紅くしていると、思わぬ感想におずおずと尋ねた。

「作るのは好きだよ。中本さんは?」

 咲乃が微笑んだのを見て、結子は恥ずかしくなって再び視線をそらした。

「……す、少しだけ……。家では、料理のお手伝いしてるし、お休みの日はお菓子作ったりするから……」

「へぇ、中本さんお菓子作るんだ」

 落ち着かな気に膝の上で両手をもみながら、結子は小さく頷いた。