篠原君へ

 篠原君、こんにちは。

 今日は、篠原君に伝えたいことがあって、手紙を書きました。

 篠原君がうちの学校に転校してから、もう2か月が経ったね。

 来たばかりの頃はいつもひとりだったけど、

 神谷君が話しかけるようになってから、篠原君変わったね。

 神谷君は誰にでも気軽に接してくれる人だから・・・。

 でも私、変わってほしくなかった。

 ひとりだった時の篠原君がいいの。

 篠原君は神谷君となれ合うべきじゃない。

 篠原君に、神谷君みたいな人は似合わないと思う。

 心の醜い人は、あなたにはふさわしくない。

 神谷君とは話さないで。関わらないで。

 また、前みたいに戻って。

 お願い・・・。







「手紙?」

「そう。昨日、家の郵便受けに入ってた」

 咲乃は、神谷を空き教室に呼び出すと、一通の手紙を手渡した。それは、空色模様の封筒だった。宛先には「篠原君へ」と、黒いボールペンで書かれている。
 神谷は既に開いてある封筒口から、二つ折りにされた便箋を取り出した。封筒と同じ空色模様の便箋を開き、手紙に書かれている内容を読んで不愉快そうに眉を寄せた。

「“神谷君とは話さないで。”だってよ。余計な世話だよなぁ? なんで、他人に友達関係否定されなきゃいけねぇんだよ」

「問題は、この手紙がうちの郵便受けに入っていたという部分だよ。その封筒、切手や俺の家の住所の記載がないでしょう?」

 神谷は封筒を裏返して、差出人を探した。咲乃の言うとおり、どこにも切手や宛先の住所の記載がない。

「直接、おまえんちのポストに入れたってことか」

「そう。勝手にね」

 神谷は封筒から目を離し、改めて咲乃の顔を見た。いつもの、大猫かぶりの世渡り笑顔ではない。無表情の目の奥に、冷たい揺らめきが見えている。どうやら、そこそこ(・・・・)ご立腹なようだ。
 神谷は直感した。これは、“めちゃくちゃ面白い”、と。

「で。この、手紙を送ったやつを探したいんだろ?」

 神谷が真面目すかして確認すると、咲乃はにこやかに微笑んだ。

「お前なら、こういうこと(・・・・・・)をしそうな奴を知っていると思うんだけど」

 つまり、犯人探しを手伝えというわけだ。神谷は腕を組み、頭の中に数人知っている顔を浮かべた。

「まぁ、心当たりはないこともないな」

「そいつらのことを教えてほしい」

 尋ねる咲乃に、神谷は落ち着くように手を前に出して制した。

「ちょっと待った。お前、そいつ見つけ出してどうすんだ?」

「状況による」

「状況って?」

「話しが通じるやつなら、今後こんなことは止めるように注意するし、通じなければ他の方法を考える」

 神谷は、再び眉を寄せた。

「そこまでする必要はねぇんじゃねーか? たかが家に来たくらいで」

 手紙を読む限り、これはただの中学生の行き過ぎた片思いの末の過ちだ。家の場所を把握されるくらいでそこまで嫌がるものだろうか。神谷が咎めると、咲乃は静かに首を振った。

「家にまで押し掛けられるのは困るよ。俺は叔父さんに厄介になっている身だから」

 咲乃はそう言って目を伏せた。

「見世物みたいに家の中を覗かれるのも、家の前に居座られるのも嫌なんだ。叔父さんの迷惑にはなりたくない」

 今まで咲乃は、たとえ同級生であっても自宅の場所を教えてこなかった。安易に自分のことを話せば瞬く間にそのことが広がり、いつの間にか全く面識のない他クラスの生徒にまで広まってしまう。神谷の言う通り、たかが中学生の思春期を拗らせた程度のもので、無視をしていればすむことなのかもしれない。それでも、咲乃は自身の問題を自宅にまで持ち込んで、叔父に心配をかけるつもりはなかった。

「それはそうと、俺の家を誰かに教えたりはしていないよね?」

 神谷は普段、咲乃の隠し撮り画像や個人情報(身長や体重、好きな食べ物から、最近読んでいる本など)を女子たちに売っては、ジュースやお菓子をおごってもらったり、課題をやってもらったりしてるのだ。一番信用できない。
 しかし、神谷は(日頃の行いを棚に上げて)心外だとばかりに鼻を鳴らした。