テスト最終日。ついに全教科の試験が終わった。テストが終わると、ずっとあった胸の苦しみも、体調の悪さも消えていた。今では達成感と安堵感で、心も、身体も軽くなっている。解放された気分。もう、しばらくは勉強なんてしたくない。

帰り際、職員室で先生に挨拶をすませて廊下を出た。家に帰ったら何しよう。今日は寝るまでゲームしたいな。

「約束でしたよね。テストを受けたら、おやすみをくれるって」

 せっかく頑張ったのに、とぼけられたらまずいので、先に念をおしておく。わたしに遊ぶ時間をください。

「わかったよ。3日間、勉強をお休みさせてあげる」

「宿題もなしにしてくださいね?!」

「はいはい」

 やったぁ! 宿題なしだ! ゲーム何しようかなぁ!

 すっかり機嫌が良くなって足取りが軽い。気分もいいし、いつもなら篠原くんに気後れしてうまく話せないわたしでも、今日はなんでも話せそうな感じがした。

「篠原くん、この後なんでもして良いってなったら、篠原くんだったら何をして過ごしますか?」

「うーん、そうだな。俺だったら勉強するか読書をして過ごすかな」

「そうですか……」

 篠原くんてガリ勉? もしかして、わたしが思うより篠原くんって、リア充じゃなかったりするのか? そういえば、友達と遊んでる話も聞かないし。ていうか、友達がたくさんいたら、わたしの勉強を見てる暇なんてないよね。え、もしかして、篠原くんって友達いない??? 高嶺の花すぎて友達出来にくいタイプ???

「篠原くんって、人生楽しいんですか?」

「津田さんには言われたくないんだけど」

 篠原くんのにっこりスマイル。変なこと聞いてすみませんでした。

 昇降口へ向かいながら、こっそり横目で篠原くんを窺った。あらためてこの状況が不思議で、未だに夢なんじゃないかと疑ってしまう。わたしが、篠原くんと普通に並んで歩いて、普通に喋ってるなんて。しかも、わたしが嫌いだった学校で。もしわたしが1年生の時にいじめられてなくて、今も普通に学校に通えていたら、こんなふうに篠原くんと関われていたのかな。
 たぶん、学校に通っていたら篠原くんとこんな風に話したりできなかったはず。だからこそ、わからない。どうしてこの人は、わたしに関わってくれているんだろう。どうして、勉強まで教えてくれるんだろう。わたしのためにテストの予定までとりつけてくれて、テストの間も、ずっと終わるまで待っていてくれた。どうして? きっと、何か理由があるんだろうけど、わたしには聞いてみるほどの勇気はない。

 靴箱で靴に履き替える。地面でつま先を叩いてかかとを直していると、篠原くんが「津田さん」と声をかけてきた。

「約束の件、もう一つご褒美上げるって言っていたよね?」

 そういえば、そんなこと言ってた。わたしはお休みをもらえればそれで十分なんだけど。ご褒美とか称されて、とんでもないことを言いだすんじゃないかと少しだけ警戒してしまう。篠原くん、狡いところあるからな。美少年に絆されて、期待してはいけないと思う。

「もしよければで良いんだけど――」

「あれ、なるちゃん、なんでいるの!?」

 篠原くんの声を遮って、突然、背後からはつらつとした可愛い声が割り込んできた。びっくりして声の方へ振り返ると、ミディアムヘアーの前髪を黄色いヘアピンでとめた女の子が、うれしそうな顔で走ってきた。

「なるちゃん、久しぶり! 学校に来てたなんて知らなかった!」

「ちなちゃん! 久しぶり!」

 わああ、ちなちゃんだ! まさか、こんなところで会えるなんて!

「津田さん、この人は?」

 話の腰を折られた篠原くんが、穏やかに尋ねた。さすが篠原くん、こんなことで不機嫌になったりはしないんだな。

「あ、えっと、本田稚奈(ほんだちな)ちゃん。幼稚園の頃からの友達で――」

 わたしの紹介が気に入らなかったらしい。ちなちゃんの顔がむぅっと膨れた。

友達(・・)じゃなくて親友(・・)でしょ?」

「そうだよね、ごめんねちなちゃん!」

 わたしは、ちなちゃんと両手をにぎりながら、再会を喜び合った。たしか最後に遊んだのは、小学5年生の時以来だっけ。今まで、なかなか会う機会がなかったからなぁ。

「なるちゃんと会えなくて、稚奈、すっごく寂しかったんだよ? 中学生になったら、なるちゃん学校来なくなっちゃうし……。なるちゃん、どうして何も相談してくれなかったの!?」

 ちなちゃんはわたしの手を握ったままブンブン上下に振った。一緒に頭が前後に揺れて目が回った。

「ご、ごめんね、ちなちゃん」

 揺すぶられるままになりながら、なんとかちなちゃんに謝る。ちなちゃんの手が止まったと思ったら、大きな目に涙をためて泣きそうな顔でわたしを見つめた。

 「……稚奈、親友失格だよ。なるちゃんがつらいときに、助けてあげられなかったんだもん……」

「そんなことないよ! わたしこそ、ちなちゃんに何も言わなくてごめんね」