空き教室にはいると、教卓の前の席に座るように指示がされた。

「今まで頑張っていたから大丈夫。落ち着いて問題を解けばいいから」

 教室を出て行く前に、こそっと篠原くんが励ましてくれた。

 篠原くんが教室を出て行き、わたしと先生の2人だけになった。今日のテストは数学だ。これが終われば、すぐに帰れる。
 ノートPCを机の上にだして、先生の合図を待つ。時計の音がうるさい。開始時間までの数分間、ただひたすらキーボードの文字を眺めていた。手が汗ばんでいて、気持ちわるい。

「はじめ!」

 先生の声と共に、テストが開始された。


 *

「お疲れさま、津田さん」

「うぅ……」

 机に突っ伏してるわたしの肩が優しく叩かれた。顔を上げる気力がない。今日一日でもしんどいのに、これがあと2日もあるのか。テストに集中しているうちに腹痛は気にならなくなったけど、わたしの神経はカスカスだ。もう何も気力がおきない。

 ぎぎっと音がして、篠原くんがそばにあった椅子を引き寄せて向かいに座ったのがわかった。篠原くん、わたしのテストが終わるまで待っていてくれてたんだな。

「もうやだ……」

 頭も気持ちも疲れ切っていて、うまく頭が働かない。篠原くんの前で泣き言を言ったら嫌がられるかなとか、そんなことも考えられなくなっていた。

「学校なんて、来たくなかったのに……」

 恨みがましく文句を言う。やっぱり、わたしに相談もなく勝手にテストの話を進めていたのはずるいと思う。

「……篠原くんが、勝手に決めるから……」

「ごめんね、津田さん」

 篠原くんから、静かな口調で謝罪の言葉が降ってきた。罪悪感で謝っているというより、気遣うような声の響きに、わたしは不貞腐れた気持ちになった。悪いなんて一つも思ってないのに優しくされるから、怒るに怒れない。
 はぁ、と疲れ切った溜息を吐きだして、伏せっていた顔を横に向けた。篠原くんの顔を見たら、うっかり許してしまうのはわかっているから、あえて篠原くんに目を向けない。わたしは怒っているのだと伝えたい。


 まだ動く気になれなくて、気付けばテストのことを考えていた。今日のテストは、1年生の問題だったからかな。今までで一番、手ごたえがあった。

「……今日のテスト……思ったより難しくなかったです」

「そう」

「これで点数が思ったよりも低かったら……イヤだなぁ……」

 最近は一応、自分なりに頑張ってきたつもりだ。テストを受けることが決まってから、好きなゲームや漫画を我慢してやっていたわけで、嫌々受けたテストではあるものの自分がどれだけ取れているかは気になった。点数が悪かったら、教えてもらっている篠原くんにだって迷惑かけちゃうし。

 今まで、こんなに点数を気にしたことはない。今まではテストの点数なんて低くてあたりまえだったから、少しだけ期待してしまっている自分に驚く。
 これでダメだったら、また自分のことが嫌いになっちゃうのかな。やっぱりわたしには駄目だったんだって。もうこれ以上、自分に失望したくないんだよなぁ。せっかく嫌でも学校(ここ)まで来たのに。

「……負けたくないなぁ……」

「……」

 気づいたら口をついていた。何に負けたくないのかわからないけれど、不思議と言葉が腑に落ちる。

 自分は誰よりも無気力で怠けているダメなやつなんだって思ってたけど、わたしはずっとたたかってたんだ。学校でも、不登校中でも。そして、今日だって。そんな自分をもっと認めてあげられたら良かったのに。

 しばらくうだうだ考えていると、優しく頭を突かれた。視線を上げると、篠原くんの優しく緩んだ目があった。

「テストが全部終わったら、ご褒美あげるって約束覚えてる?」

「おやすみ!!」

 勢いよく頭をあげる。そうだ、そうだった! テストが終わったらお休みがあった。

「せっかくだから、他にも用意しておくね」

 篠原くんの提案に、わたしは思わず「えっ」と言葉をもらした。なんだか、あまり良いものじゃないような気がする。

「いっ、いいです。いらないです! 篠原くんにはもう充分お世話になってますし!」

 わたしの慌てっぷりを見て、篠原くんはくすくす笑った。

 もしかして、からかわれてるのだろうか。なんだかムカついてきていじけていると、篠原くんの目の奥に、安堵の色が見えた気がして、急速に怒りはしぼんでいった。

 もしかして、篠原くんも心配してくれてたのかな。

「楽しみにしていてね」

 いたずらっぽく笑った篠原くんは、危うく勘違いしてしまいそうなくらいに優しい顔をしていた。