咲乃が連れてこられたのは、廃業してから放置されているボウリング場だった。建物はフェンスで囲まれているが、近所の若者たちが侵入した形跡があり、入口は既にこじ開けられ、簡単に侵入できるようになっていた。

 地下駐車場の入り口はなだらかな坂になっている。日の光が入るのは入り口付近だけで、奥の方はライトが無ければ何も見えない。中に入ると、コンクリートはひんやりしていて、排水溝から漂う汚水の悪臭が滞留している。自分たちがたてる足音が、暗闇の中で何重にもなって反響した。
 ここでは、スマホのライトが唯一の光源だ。ライトの光が壁の落書きや長年放置された廃車を照らし出す。そして、奥で待ち構えていた栄至中の制服を照らした。

 顔中にガーゼで傷を覆った村上と、村上とつるんでいた仲間たち3人、そして地面に倒れる西田。西田の口はガムテープで塞がれ、両手と両足にもガムテープで巻かれている。顔中に切り傷や青あざがあった。

 西田は必死に顔を上げ、助けを乞うように咲乃を見上げた。

「西田くんまで使って、俺に何の用?」

 咲乃が険を含んだ口調で尋ねると、悠真はいつもの人好きのする顔で笑った。

「怒んなよ、学級委員長。俺はただ、お前と仲良くなりたいだけなんだからさ」

 咲乃は視線だけを動かすと、村上たちの表情を窺った。

「仲良くなりたいのは、きみだけみたいだよ」

 小林や中川たちは、警戒をにじませた顔で咲乃のことを窺っているし、村上は憎悪のこもった顔で睨んでいる。村上の仲間たちも、誰も咲乃を良く思っているような表情はしていない。

「徐々に仲良くなれるさ。お互い信用してさえいけばな」

「信用ね」

 咲乃は不思議そうに首を傾げて、悠真を見た。

「信用も何も。俺は新島くんたち側に着きたいだなんて、全く思ってないんだけど」

 表面上で、咲乃が悠真の友達を演じることに抵抗はない。しかしそれはあくまで、クラス全体の平穏が保てる状況での話だ。悠真が、今のクラスの状況を受け入れろと言うのであれば、咲乃が受け入れるはずもない。
 悠真側について、教室が崩壊していくのを黙って見ているつもりはなかった。

 咲乃のはっきりとした拒否に、悠真は困ったように笑った。

「心配なんだよ。お前はいつも無理するから」

 悠真は本気で咲乃を心配するように、物憂げに瞼を伏せた。

「なぁ、篠原。本当は、学級委員なんかになりたくなかったんでしょ?」

 悠真は優しい声色で、穏やかに語り掛ける。

「みんなに優しくて平等で、先生からも信頼されている品行方正な優等生。でも、本当はそんな役割、窮屈で仕方ないんじゃないの?」

 両手をポケットに入れた悠真は、西田の背中に足をかけると、少しずつ体重を乗せた。西田の口に塞がれたテープの隙間から、苦しそうな呻き声が上がる。

「お前はただでさえ他人(ひと)に好意を持たれやすいから。勝手に期待されて責任だけ押し付けられて、馬鹿の尻ぬぐいさせられて……そんなの、楽しいわけないでしょ」

 同情するように言いながら、ぐりぐりと踏みつけていた足を動かし、さらに西田へ体重をかけ続けた。

「誰に対しても平等に接するなんてさ、意識して努力したって、普通、無理が出んだよ。とくに、元からなんでも出来る奴ってのはさ」

 悠真はふっと短くため息をつくと、鋭い蹴りが西田の脇腹に入った。

「西田や竹内みたいな雑魚はマジで邪魔だし、担任みてーな能無し、本当は死ぬほど嫌いでしょ」

 再び悠真が、西田を蹴る。

「ブスに優しくすんのも正直しんどいし。安藤みたいな女、目に入るだけで気分下がるし、好かれでもしたら、マジで最悪」

 喋りながら、何度も何度も蹴り続ける。

 赤い顔で痛みに悶えている西田を見下ろす咲乃を、悠真は同情するように見つめた。

「本当は、そういう奴らが死ぬほど嫌いなんだって、目を見れば分かるよ。死んでほしいと思ってんだろうなって」

「俺はきみみたいに、西田くんたちが死ねばいいなんて思ってない」

「前の学校でお前が何をやってきたか、俺が知らないとでも思ってんの?」

 悠真は、目を細めて言った。