「マイ・ディア・ステラ……? 洋楽の曲かしら。西田さん、良いセンスしてるわね!」
先生がお洒落な洋楽の曲と勘違いしてるよ。どうすんの、西田くん。曲聴かれた時の反応が気まずいぞ、これ!
「あ、洋楽じゃなくてアイドルの曲です」
「あら、そうなの? 西田さんはアイドルが好きなのね。最近はいろんなアイドルがいるものね」
アイドル、うん。アイドルには違いない。二次元だけども。
先生の会話と西田くんの会話を聞いてるだけなのに、なんで、わたしがヒヤヒヤしてるんだろう。
西田くんの隠しようのないオタク的な雰囲気にシンパシーを感じてはいるんだけど、友達になりたいかというと別だ。だって、絶対話合わないもん。さっきから西田くんの趣味聞いてるけど、わたしの守備範囲外だし。そんなことを考えていると、西田くんのカバンのマスコットに目が留まった。
「西田くん」
「は、はい?」
「もしかして、西田くんは黄色派ですか?」
「え、そうですけど」
「実はわたしも黄色派です」
「ホントですか!?」
日高先生は、熱く語り合うわたしたちを交互に見て、飛び交うオタク用語の数々に白目をむいていた。
*
西田が教室に来なくなってから数日が経つ。それでも、クラスの日常は何も変わらない。序列という分類が塊として存在しているだけで、たかが一人欠けたところで教室の中に大きな影響はない。
休み時間中、絵を描いて過ごしていた女子の机にぶつかり、落としたノートを上履きで踏みつけても、その女子に送られる言葉は冷ややかな刃物のような悪態か、白々しい嘲笑だけだ。誰かが指導権を握り、その下に序列があり、虐げられるべき奴隷がいないと成り立たない。このクラスは、虐げる側も、虐げられる側も共同で作り上げた幻想の上で成り立っている。
咲乃は、くっきり上履きの跡のついたノートを拾い、チリをはたいて微笑んだ。
「落としたよ、安藤さん」
怯えていた女子生徒にノートを返すと、そのまま自分の席に戻って読書を始める。咲乃もまた、西田が教室からいなくなった後も、変わらぬ様子で日々を過ごしていた。
掃除の時間、咲乃と悠真たちの班は第二理科室の掃除を担当していた。悠真は机の上に座って、箒と卓球のボールで遊んでいる仲間たちの様子を眺めていた。大騒ぎする仲間たちに見飽きて視線を外す。一人で黙々と、窓ガラスを拭いている咲乃に近づいた。
「ちょっとは休んでもいいんじゃないの、学級委員長?」
軽口をたたきながら、窓枠に腰を掛ける。咲乃はちらりと横目で見ただけで、何も言わなかった。悠真は足を軽くぶらつかせて、しばらく咲乃のことを眺める。咲乃は悠真の視線も構わず、ひたすら手を動かしていた。
「西田の事、怒ってる?」
「なぜ?」
ふいに悠真に尋ねられ、咲乃は、視線を窓ガラスに向けたまま尋ね返した。
「西田をいじめるなって言ってたろ?」
「やっぱり、村上くんをけしかけたの、きみだったんだ」
悠真が裏で、西田のスマホを取り上げろと命令していたのだ。
村上たちが西田の投稿を読み上げている間、悠真は何くわぬ顔で自分の席から騒ぎになるのを眺めていた。
「あいつらバカだから、面白けりゃなんだってやるし。便利なんだよ、扱いやすくて」
悠真は鼻歌を歌うように、機嫌よく言った。
「やめろって言った所で、どうにかなるとは思ってないよ」
咲乃は腰をかがめて、バケツの中の水に雑巾を浸した。固く絞り、また手を動かす。
「むしろ、怒っているのは、きみの方じゃない?」
咲乃はようやく手をとめて、冷ややかに悠真を睨んだ。
「それで隠しているつもりなら笑えるよ。ずっとイライラしてるでしょう」
悠真は、いきなり吹き出すと腹を抱えて笑いはじめた。笑いすぎて苦しそうな息を吐きながら、目じりに溜まった涙をぬぐった。
「別に、篠原に怒ってるわけじゃねーよ」
悠真は肩をすくめると、遠くを見るように箒で遊んでいる仲間たちの方へ目をやった。
「ただ、これからどうしようかなって」
悠真は挑戦的に咲乃を見る。咲乃は、悠真を睨み返した。
「西田も来なくなっちゃったし。生贄は別に西田じゃなくてもいいわけだし?」
悠真は、含むように笑いながら緩慢な動きで窓枠に頭を預けた。
「西田にこだわる理由なんて、初めからないんだよ。クラスのストレス発散役が一人必要ってだけでさ」
悠真は口角の上がったくちびるの端から、八重歯を見せて笑う。教室の中に波のような風が吹き込んで、悠真の方からほのかに甘い匂いが広がった。
「ただ、やってたゲームを途中で変えたら、篠原がつまんないんじゃないかって」
悠真にとって、今までのことは咲乃を試すだけのゲームだった。いじめられている西田をどこまで守れるか。結果は悠真の勝ち。西田は消えた。
しかし咲乃は、そんなくだらないゲームに参加した覚えはない。
「余計な世話」
咲乃は吐き廃るように呟いて、窓の掃除を続けた。
*★*―――――*★*―――――*★*―――――
お読みいただきありがとうございました。
明日12/23
17:30 ep53 クラスの王様
カクヨム先行公開中です。
先の展開が気になる方は、カクヨムをご覧ください!
【カクヨム】
https://kakuyomu.jp/works/16817330664367241645
*★*―――――*★*―――――*★*―――――
先生がお洒落な洋楽の曲と勘違いしてるよ。どうすんの、西田くん。曲聴かれた時の反応が気まずいぞ、これ!
「あ、洋楽じゃなくてアイドルの曲です」
「あら、そうなの? 西田さんはアイドルが好きなのね。最近はいろんなアイドルがいるものね」
アイドル、うん。アイドルには違いない。二次元だけども。
先生の会話と西田くんの会話を聞いてるだけなのに、なんで、わたしがヒヤヒヤしてるんだろう。
西田くんの隠しようのないオタク的な雰囲気にシンパシーを感じてはいるんだけど、友達になりたいかというと別だ。だって、絶対話合わないもん。さっきから西田くんの趣味聞いてるけど、わたしの守備範囲外だし。そんなことを考えていると、西田くんのカバンのマスコットに目が留まった。
「西田くん」
「は、はい?」
「もしかして、西田くんは黄色派ですか?」
「え、そうですけど」
「実はわたしも黄色派です」
「ホントですか!?」
日高先生は、熱く語り合うわたしたちを交互に見て、飛び交うオタク用語の数々に白目をむいていた。
*
西田が教室に来なくなってから数日が経つ。それでも、クラスの日常は何も変わらない。序列という分類が塊として存在しているだけで、たかが一人欠けたところで教室の中に大きな影響はない。
休み時間中、絵を描いて過ごしていた女子の机にぶつかり、落としたノートを上履きで踏みつけても、その女子に送られる言葉は冷ややかな刃物のような悪態か、白々しい嘲笑だけだ。誰かが指導権を握り、その下に序列があり、虐げられるべき奴隷がいないと成り立たない。このクラスは、虐げる側も、虐げられる側も共同で作り上げた幻想の上で成り立っている。
咲乃は、くっきり上履きの跡のついたノートを拾い、チリをはたいて微笑んだ。
「落としたよ、安藤さん」
怯えていた女子生徒にノートを返すと、そのまま自分の席に戻って読書を始める。咲乃もまた、西田が教室からいなくなった後も、変わらぬ様子で日々を過ごしていた。
掃除の時間、咲乃と悠真たちの班は第二理科室の掃除を担当していた。悠真は机の上に座って、箒と卓球のボールで遊んでいる仲間たちの様子を眺めていた。大騒ぎする仲間たちに見飽きて視線を外す。一人で黙々と、窓ガラスを拭いている咲乃に近づいた。
「ちょっとは休んでもいいんじゃないの、学級委員長?」
軽口をたたきながら、窓枠に腰を掛ける。咲乃はちらりと横目で見ただけで、何も言わなかった。悠真は足を軽くぶらつかせて、しばらく咲乃のことを眺める。咲乃は悠真の視線も構わず、ひたすら手を動かしていた。
「西田の事、怒ってる?」
「なぜ?」
ふいに悠真に尋ねられ、咲乃は、視線を窓ガラスに向けたまま尋ね返した。
「西田をいじめるなって言ってたろ?」
「やっぱり、村上くんをけしかけたの、きみだったんだ」
悠真が裏で、西田のスマホを取り上げろと命令していたのだ。
村上たちが西田の投稿を読み上げている間、悠真は何くわぬ顔で自分の席から騒ぎになるのを眺めていた。
「あいつらバカだから、面白けりゃなんだってやるし。便利なんだよ、扱いやすくて」
悠真は鼻歌を歌うように、機嫌よく言った。
「やめろって言った所で、どうにかなるとは思ってないよ」
咲乃は腰をかがめて、バケツの中の水に雑巾を浸した。固く絞り、また手を動かす。
「むしろ、怒っているのは、きみの方じゃない?」
咲乃はようやく手をとめて、冷ややかに悠真を睨んだ。
「それで隠しているつもりなら笑えるよ。ずっとイライラしてるでしょう」
悠真は、いきなり吹き出すと腹を抱えて笑いはじめた。笑いすぎて苦しそうな息を吐きながら、目じりに溜まった涙をぬぐった。
「別に、篠原に怒ってるわけじゃねーよ」
悠真は肩をすくめると、遠くを見るように箒で遊んでいる仲間たちの方へ目をやった。
「ただ、これからどうしようかなって」
悠真は挑戦的に咲乃を見る。咲乃は、悠真を睨み返した。
「西田も来なくなっちゃったし。生贄は別に西田じゃなくてもいいわけだし?」
悠真は、含むように笑いながら緩慢な動きで窓枠に頭を預けた。
「西田にこだわる理由なんて、初めからないんだよ。クラスのストレス発散役が一人必要ってだけでさ」
悠真は口角の上がったくちびるの端から、八重歯を見せて笑う。教室の中に波のような風が吹き込んで、悠真の方からほのかに甘い匂いが広がった。
「ただ、やってたゲームを途中で変えたら、篠原がつまんないんじゃないかって」
悠真にとって、今までのことは咲乃を試すだけのゲームだった。いじめられている西田をどこまで守れるか。結果は悠真の勝ち。西田は消えた。
しかし咲乃は、そんなくだらないゲームに参加した覚えはない。
「余計な世話」
咲乃は吐き廃るように呟いて、窓の掃除を続けた。
*★*―――――*★*―――――*★*―――――
お読みいただきありがとうございました。
明日12/23
17:30 ep53 クラスの王様
カクヨム先行公開中です。
先の展開が気になる方は、カクヨムをご覧ください!
【カクヨム】
https://kakuyomu.jp/works/16817330664367241645
*★*―――――*★*―――――*★*―――――