「……篠原くんはその……。何でも出来るし、僕みたいなどん臭い奴はイラつくだろうなって思ってたから……」

 西田は口ごもった。

「村上くんたちみたいに?」

「アイツらは性格がクソだから。でも、篠原くんは新島くん側だったでしょう?」

 咲乃はプラモから目を離し、西田をしげしげと見つめた。

「西田くんは、新島くんが苦手なんだね」

 西田は、咲乃の視線から逃げるように近くにあった漫画を手に取った。

「新島くんは……なんていうか……。昔から僕のことが嫌いみたいで……」

 西田は、居心地悪そうにページをめくったり、丸めて手の中で叩いたりした。

「……中1の頃からずっと同じクラスなんだ。特に話したこともないけど、僕の存在が気にくわないみたい」

「心当たりはないの?」

「ないよ、そんなの」

 西田はぶっきらぼうに答えた。

「存在するだけで無性にムカつく奴たまにいるじゃん。……多分、僕がそれなんだと思う」

 西田は小さく呟いた。咲乃は西田から目をそらし、カバンから一枚の紙を取り出した。

「まだしばらくは学校に来る気はないと思うけど、もし来る気になったらここに行ってみない?」

 そう言って西田に手渡す。毎月配布される学校新聞だった。

「相談室?」

 西田が怪訝な顔で聞き返すと、咲乃はプリントの一番下のある個所を指さした。

「俺の友達が通ってるんだ。その子も訳ありで、教室には登校できないんだけど、そこでカウンセラーの先生と勉強したりして過ごしてる」

「あー……そうなんだ」

 西田は相談室の案内文に目を落としながら、微妙な反応をした。

「……ありがたいけど、今は……あまり……」

「気が向いたらでいいよ。そこの先生、とても話しやすい人だから。言いにくい悩みも聞いてくれるだろうし、その友達も良い子だよ。相談次第では出席単位ももらえるかもしれない」

「……うん、ありがとう」

 西田は案内文に視線を落としたまま、曖昧に返事をした。





 学校へ行かなくなった西田を、両親は心配していた。担任からは何度か電話が来たが、西田は担任と話す気はなかった。その後も、何度も咲乃は来た。少ない滞在時間ながらもいろんな話をした。しかし、二度と咲乃の口から、相談室の話が出ることはなかった。

 ようやく西田が外を出る決心がついたのは、咲乃が来てから3週間が経ったころだった。ガラス窓に、ピンク色の画用紙が内側から貼られ、ポスカでイラストともに『相談室』と書かれたドアを前にする。

 西田が一瞬躊躇し、意を決してドアをノックしようと手を掲げた。

「あら、もしかしてあなたが西田さん?」

 ノックをしようとして手を掲げると、中年の女性が唐突に部屋の中から出てきた。目を点にして固まった西田を、先生は素早く巻き込むよう肩を抱いて、部屋の中へ案内した。

「待ってたのよ~。篠原さんからお話は聞いてたんだけどね。さぁさぁ、そこに座って。今ちょうどおやつタイムだったの!」

 促されるままに部屋の中に案内され、椅子に座らされる。部屋の奥の席には、背の低いぽっちゃりした女の子が、問題集を顔の前に立てて身を小さく縮めていた。