「なるちゃん、よくそんなに勉強出来るね。前は、勉強嫌いだったのに」

 勉強に飽きたらしいちなちゃんが、わたしのノートを覗き込んで言った。

「本田さん、無駄話しない。次、ここの問題の解き方教えるから」

「はぁーい」

 篠原くんに注意されて、しぶしぶちなちゃんは勉強に戻った。相変わらず、勉強が嫌になると癇癪を起してしまうちなちゃんだったけど、篠原くんが隣りで熱心に勉強を見ているおかげか、最近はちなちゃんなりに頑張っていると思う。

 それにしても、ちなちゃんの集中力途切れはじめてるな。わたしもお腹がすいてきたし、次の休憩でおやつタイムにしよう。そろそろ脳に糖分が必用だ。

 タイマーが鳴って休憩時間にはいると、わたしはのびをした。

「お母さんがおやつ用意してくれてるから、飲み物と一緒に持ってきますね」

「稚奈も手伝う?」

「二人はそのまま休んでて大丈夫」

 ちなちゃんと篠原くんを残して部屋を出る。キッチンでお湯を沸かし、マグカップを人数分出して、レモンティーのティーバッグを用意した。冷蔵庫にはスーパーで買った“ひとくちドーナツ”があった。
 鼻歌を歌いながら、ドーナツの袋をあける。皿の上に、ざっくばらんに個包装されたドーナツをもりつけた。

「俺も手伝うよ、津田さん」

「ヒィッ!」

 びっくりして変な声出た。一体、いつからいたんだよ。

「いいです、いいです。もうすぐ出来ますから」

 完全に一人でのびのびしてたから、びっくりしすぎて心臓が飛び出るかと思った。鼻歌聞かれたのが地味に恥ずかしい。

「でも、お盆持って歩くの危ないし」

「……じゃあ、お願いします」

 篠原くんも手伝ってくれるというので、沸かしたお湯をマグカップにそそいでもらう。

「ちなちゃんは、部屋で待ってるんですか?」

「ううん。お手洗いに行ってる」

 そっか。じゃあ、その間に早く用意してあげないとな。

「さっきの曲、なんていう曲?」

 えっ、曲? 鼻歌の……?

「エ……エンドレス・ラブ……」

 まさか鼻歌の曲名を聞かれると思っていなかった。めちゃくちゃ恥ずかしすぎる。ちなみに、『エンドレス・ラブ』は、わたしが推してるVチューバ―の曲だ。

「そうなんだ」

 軽くふふっと笑われた。顔が熱い。今、わたしの顔、湯気が出そうなくらいには真っ赤になってる。

「津田さんの鼻歌、初めて聞いたかも」

 鼻歌って、そもそも人に聞かせるものじゃないしな。

「篠原くんは、音楽聴かないんですか?」

「うーん、普段はあまり」

「勉強中とかは?」

「聴かない。無音の方が捗るから」

「ふーん。篠原くんだったら、クラシックとか聴きそうですけどね」

 うん、想像してみてもぴったりだ。

「嫌いではないよ。幼い頃はよく練習してたし」

「練習?」

「うん。ピアノの練習」

 ひょええええ、篠原くんピアノ弾けるんだ!

「聴いてみたいです!」

「人に聴かせられるようなレベルではないよ」

 ちぇ、断られた。

「それより、津田さん。あれから神谷に何か嫌がらせ受けてない?」

「神谷くんですか? たまにLINEが来ます」

 神谷くんに初めて会ったとき、LINEを交換させられて(して)から、たびたび連絡がくるようになった。

「神谷とは、何の話をするの?」

「うーん、主に新作マンガの情報交換とか、ゲームの話ですかね。たまたま同じゲームを遊んでいたので、フレンドになったりとか」

 ゲームする友達が身近にいないから、正直フレンドになってくれるのは助かっている。神谷くんはガッツリしたオタクという訳では無いけど、マンガもアニメもメジャーなものだったら話が通じるし。

 時々、神谷くんのガサツなところにはびっくりするけど、悪い人ではないみたい。わたしのことを“トンちゃん”と呼んでくるけど、神谷くんなりの親しみなのだと思うことにしている。

「そう、意外(・・)と仲良くやっているんだ」

「はい、まぁ、一応。知り合いが増えるのは嬉しいです」

 少しだけ含みのある篠原くんの様子が気になるけど、特に気にせずにうなづいた。