休日をまるまる使って風邪から回復した咲乃は、教室へ向かう西田の後ろ姿を見つけて駆け寄った。

「西田くん、おはよう」

 咲乃が挨拶をすると、西田の肩がびくりと跳ねた。恐る恐るといったように振り返る。

 西田からすれば、朝のぼんやりした思考のまま廊下を歩いていると突然声を掛けられ、驚いて振り返ると、穏やかに笑う咲乃がそこにいた、といった感じだ。

「おっ、おおおおおはようっ!」

 西田は青い顔でがたがたと歯を鳴らし、急いで頭を下げると、逃げるように行ってしまった。見かけるたびに声を掛けるようになってから数日が経つが、未だに慣れてくれる気配がない。しかし、友好的に接しているつもりの咲乃には、西田に怖がられている理由がさっぱり分からなかった。

「すっげー避けられてんな」

 いつの間に背後に立っていたのか。神谷がニヤニヤ面白そうに笑っている。咲乃は神谷を睨んだ。

「何の用?」

「何の用はねぇだろ。せっかく慰めてやろうと思ったのに」

「……悪かったよ」

 表情が慰めようとしている人間の顔ではなかったのだが。

 咲乃は溜息をついて、神谷に謝った。確かに今のは、ただの八つ当たりだったかもしれない。

「でもまー、あの避けられ方はシンプルに傷つくなー。俺だったら、ショックすぎてしばらく引きずるわ」

「傷口に塩を塗るの止めてくれないかな?」

 励ますふりして、嬉々として傷口に触ってくるこいつが嫌いだ。

 咲乃が睨むと、神谷は元気づけるように背中をパンパン叩いた。

「そう落ち込むなよ。怖がられるのは仕方ねーって。客観的に見ても、あいつとお前じゃタイプ的に合わないじゃん?」

「タイプって?」

 咲乃は不思議な顔をして神谷を見た。西田と自分のタイプが違うとはどう言うことなのか、いまいちピンと来なかった。

「三軍の陰キャと、一軍のお前じゃ、住んでる世界が違うだろ。趣味も話も合わねーじゃん。しかもあれ、ぜってーオタクの中でもイタイやつだぜ。二次元にガチ恋してる方の。アニメのポスターとかフィギュアとか飾ってひとりでニヤニヤして、エロゲで性欲発散させてるような人種だぜ? ちょうイタイじゃん止めとけって」

 なぜだろう。一瞬、成海の顔が横切った。

 咲乃は激しく頭を振って、脳内の成海をどこかへやると「他人の趣味にイタイは失礼だよ」と無駄に必死になって擁護してしまった。

「西田くん、未だにクラスに溶け込めていないみたいで。クラスをまとめるのも俺の仕事だから、気にかけているつもりなんだけど……」

「でも避けられてんじゃん。あれじゃあ、気にかけるっつっても何も出来ねぇな」

 悔しいが、神谷の言い分はもっともだ。こうして毎朝挨拶しているのに、一向に気を許してはもらえないのだから。

「俺が新島くんのグループにいるから警戒されているんだろうと思うけど、友好的に接しているつもりだよ。すくなくとも、嫌われているわけではないと思う」

「まぁ、嫌われてはねーだろうけど。ただ、見た目からして取っ付きにくいかんなーお前。コミュLv.90以上ないとハードル高いわな」

「俺ってそんなに取っ付きにくい?」

 自覚が無かったのか。神谷は呆れて口の端をひくつかせた。

「一般的にキレイすぎる奴ってプライド高い上にガード固そうに見られがちじゃん。兄貴の友達が言ってたぜ。ナンパするときは美人狙うよりちょいブス狙った方が釣れるって」

「……何の話?」

「見た目良すぎると先入観を持たれて近寄られないって話だよ」

「なる、ほど」

 神谷のわかりづらい例えのせいで困惑はしたが、何が言いたのかは分かった。確かに咲乃は、今まで自分の容姿が「親しみやすいか否か」に重きを置いて考えたことが無かった。
 神谷の言う通り、自分の容姿が親しみやすいかと言われればそうではない。加えて普段から、人と距離を置いて接している分、傍から見ても取っ付きにくいのかもしれない。

(ツラ)が良くても、人間関係は苦労するよな? ま、気にすんなよ、なっ!」

 日頃の妬みを、ここぞとばかりに嬉々としてぶつけてくるこいつが嫌いだ。