「山口さん、途中まで一緒に帰ろ?」

 咲乃の家の帰り、稚奈に声をかけられ、彩美は断ることもできずにこうして一緒に帰路についている。

 本田稚奈のことは、小学生の頃から知っていた。活発な性格で交流関係も広い彼女は、同性異性関係なく友人も多く、もちろん彩美自身も何度か話したことがある。しかし、1度でも彩美が稚奈に興味がひかれたことはなかった。ノリが良く、普通に話せる相手だったが、結局は大勢の中の一人。飛びぬけて何か特徴があるわけでもない。そもそも、目立つほどすごく可愛いというわけでもない。

 容姿の偏差値は、中から少し上程度。背が低く華奢で、年齢よりも少々子供っぽい。幼稚(・・)な印象を持っていた。そのため、まさか本田稚奈と篠原咲乃に交友関係があるなど、思いもよらなかった。

 彩美が複雑な感情を抱いている横で、先ほどから本田稚奈が輝かしい笑顔で話しかけてくる。「修学旅行はどうだった?」とか、「体験授業は何にしたの?」とか。
 取り止めのない世間話を彩美は無難に答えながら、胸の中にもやもやとしたものを抱えていた。

 どうして、本田稚奈が篠原くんの家に行けるの? 篠原くんは、女子の友達は殆んど作らないのに、そんな篠原くんとどうやって仲良くなったの?

「山口さんって、2年生の頃篠原くんと同じクラスだったんでしょ? 別のクラスになっても、家に来るほど仲がいいんだね!」

 ふいに話が咲乃の話しになり、彩美は言葉を詰まらせた。表情がこわばらないよう、必死で笑顔を取り繕う。

「そ、そうだね。同じクラスだった縁があって、今でも仲がいいかな」

 仲が良いと言っても、咲乃の家に訪れたのは初めてだったし、神谷と重田にお願いして連れて来てもらったのだ。咲乃の家の場所も知らなければ、彩美が一人で行っても、咲乃が良い顔をしたかはわからない。

 しかし、それにくらべて本田稚奈は……?

 共通の男子の友達がいるわけでもなさそうだし、どうでもいいブサイクな女友達を連れて咲乃の家に居た。咲乃も、稚奈に慣れている感じがした。咲乃の家へ行くのに、気兼ねなく女友達まで連れて行けるほど、稚奈は咲乃の家に行き慣れているということだろうか。

 ふたりがどれほどの仲なのかを探ろうと思えば思うほど焦ってしまって、どう探ったらいいのか分からなかった。そもそも彩美は、本田稚奈のような、ノリだけ良くて薄っぺらい、幼稚な子と接するのが苦手なのだ。稚奈のテンションの高さにも疲れてしまう。

「そっかぁ。篠原くんと同じクラスになったことがあるなんて、羨ましいなぁ。稚奈なんて、一回も篠原くんと同じクラスになれなかったよ……」

 少しがっかりした様子の稚奈を見て、彩美は内心鼻を鳴らした。

 篠原くんと接点があるくせに、調子のいい女。

「本田さん、ずっと篠原くんと仲が良かったんだね。私、全然知らなかったな」

 暗に今まで咲乃から話題に上げられたことが無かったことを伝えると、本田稚奈は全く察していない様子で無邪気に笑った。

「篠原くん、学校だとすごく話しにくいんだもん。いつも、誰かに囲まれててさ、周りにいる女の子たちも怖いし。でも、学校の外の篠原くんって全然違うんだよ? すっごく面倒見がよくて話しやすいの!」

「……外……?」

 篠原くん、本田稚奈と学校外で会ってるの……?

 彩美でさえ、学校外で咲乃と遊んだことはほとんどない。神谷が入院していた時、放課後一緒にお見舞いへ行っていたときくらいなのに。

「……本田さん、篠原くんと学校の外でよく遊んだりするの?」

「うーん、遊ぶって言うかね。家で勉強を教えてもらってるの。次のテストの勉強とか、受験勉強を見てもらってるんだけど。篠原くん、勉強に関してはすごく厳しくて、ちゃんと言われた事やらないと怖いんだぁ……。篠原くんが出した宿題をさぼったりするとね、怒鳴ったりはしないんだけど、笑顔のままどうして宿題をやってこなかったか聞いてくるの。本当に怖いの!」

「へ、へぇー……」

 怖いと言いながら楽しそうに喋る稚奈に、彩美は不穏を察知して動悸が激しくなるのを感じていた。

 家で勉強……? 普段から、家に行き来するほどの仲なの?

 だが咲乃のおじさんは、「咲乃はあまりお友達を家に招かない」と言っていた。という事は、咲乃が稚奈の家に行くことが、よくあるということか。

 彩美は、全身の血流がさっと引いていくのを感じた。
 咲乃女の子の家に通うほどの仲とは一体どれほどの仲だろう。本当にただの友達(・・)なのだろうか。