「俺は一応、近くの県立高校に行こうと思ってるけどさ。今の成績なら何とでもなりそうだし。……でも、正直、本当にそれでいいのかなって」

 初めて受ける受験だ。今までなんとなくみんな(・・・)と一緒に上がってきたなかで、突然人生の選択を迫られる。
 しかもその判断基準は、“通知表”と“親の経済力”次第でしかない。

「俺には無いんだよ。篠原みたいな、動機(・・)。行けそうな高校とりあえず選んで、とりあえず必要だから勉強してる。高校なんて、行っとけばいいと思うけどさ。でも、それが“志望校”って言われるの、なんか嫌なんだよな。別に俺の”志望”なんかじゃないのになって」

 別に、中学を卒業したくないわけじゃない。高校生活にだって興味はある。ただ、咲乃のように何かを決めた人間を目にすると、わからなくなるのだ。これは自分が決めたことなのだろうか、と。

「……俺が……桜花咲を……目指して……いるのは、……そんな……すごい事でも……ない」

 咲乃の瞳が、ブランケットからのぞいた。その目を見つめ返すと、瞳の中に自分の陰が映っている。

「行けそうだから……行くだけ。……行かない理由は……無かったし」

 あぁ、そうか。

 悠真は、気付いて目を見張った。

 やっぱり、こいつも。

「……ねぇ――」

 ふいに咲乃が起き上がると、手首を捕まれた。病人とは思えない力強さに驚く。近づいた距離に、熱い吐息が掛かった。

「西田くんをいじめるの……やめてくれない?」

「なに?」

 悠真は動揺して、思わず身を引いた。咲乃の目が、まっすぐ悠真を捕らえて離さない。

「このクラスのムードメーカーは……お前だ。……新島くんと、西田くんは……1年生の頃から……同じクラスだった……から……、その延長で、彼をいじってるだけかもしれない。けど……そのせいで、西田くんを見下していい雰囲気になってしまっている……」

 咲乃は苦しそうに息をつき、言葉を続ける。

「……だから、他の奴らが付け上がって……西田くんを……いじめてるんだよ」

 悠真は失笑した。熱にうかされて苦しいときでも、うちの委員長(・・・)は他人のことを考えている。

「篠原って、本当に優等生なんだな。弱い者いじめは許さないってこと?」

「……そうでもない」

 咲乃は咳をしそうになると、ぐっと息を飲み込んだ。

「憂さ晴らしがしたいのなら、勝手にやってもらって構わない。……でも、やるなら学校の外でやれよって……話――」

 力尽きるようにして、悠真の手首をつかんでいた手はだらりと落ちた。くったりと倒れ込み、ブランケットの中に顔を埋める。

「何で、お前が西田なんか気にするんだよ」

 今まで以上に激しい咳をして悶えている咲乃を頭上から見つめていると、担任が養護教諭を連れて戻ってきた。

 咲乃はすぐに、近くの病院で診察を受けた。その後、悠真や他の生徒とは合流せず、一足先に新幹線で帰路についた。