3日目の修学旅行最終日は、西本願寺から金閣寺銀閣寺を周り、清水寺を最終地点とする京都の世界遺産観光だ。
 下鴨神社の朱色の建物を背に、それぞれ仲の良いグループで記念撮影をしている。縁結びのご利益があるとされる、相生社(あいおいしゃ)の参拝は女子たちに人気だ。他にも、美麗祈願の河合神社もある。彩美はもちろんのこと、女子達は和気あいあいと境内を周っていた。

「あぢぃ」

 神谷は、木陰の中に座り込み、雲一つない青空を仰いだ。
 最終日も天候に恵まれ、5月とは思えぬほどの熱烈な直射日光が生徒たちの気力をそいでいた。水分補給を適度に挟まないと、熱中症で倒れてしまうほどの猛暑だった。

「つーか。さっきまで寺とか神社に興味なかった癖に、縁結びってだけですぐ飛びつきやがって。あいつらすげーゲンキンじゃん」

 神谷は、楽しそうにはしゃぎながら絵馬を結んでいるクラスメイトの女子達をうんざりして眺めた。良縁や美顔に興味がない男子たちの大半は、暑さにやられて木陰を見つけて涼んでいた。

「まぁ、いいじゃん。修学旅行も今日で最後なんだしさ。楽しんだもん勝ちだろ?」

 隣の木陰で涼んでいた重田に諭され、神谷はうんざりして呻いた。

「そーだけどさ。……それはそうと、重田は縁結び参拝しなくていいのかよ」

 神谷がにやついて茶化すと、重田の顔はみるみる赤くなっていった。重田は昔から、恋愛がらみの話が苦手だ。

「なっ、なんで俺が縁結び参拝しなきゃいけねぇんだよ!」

「だって、5組の女子に振られたらしいじゃん。新しい出会いがありますようにって絵馬に書いといた方がいいんじゃねー?」

 重田は昨夜の告白を思い出し、赤い顔をさらに赤くさせた。

「なんで知ってんだよ! つうか、俺振られてないし! むしろ断ったんだよ! 今は、受験とか部活とかで大変だからって!」

「あー、わりぃわりぃ。傷癒えてねーのにいじって悪かったよ。何なら、お前のために祈ってきてやろうか? "可愛そうな僕の友達を幸せにしてください"って」

「神谷……お前、ほんと性格悪いな」

 重田が肩を震わせて怒っているのにも関わらず、神谷は再び「あぢぃ」と呻いた。

「んなことよりさ」

「また、自分のペースで話変えやがる……」

「篠原と本田ってどういう関係?」

 新しい名前が出てきた。重田は昨夜咲乃が、本田稚奈から呼び出すよう頼まれたと言っていたのを思い出す。

「本田? 本田稚奈の? えっ、いや、俺に聞かれても。そもそも、本田さんと篠原ってクラス違うから接点ないんじゃないの?」

 2年生の頃はもちろん、3年生になってからも接点はないはずだ。本田稚奈は5組で咲乃のクラスからは随分離れている。

「……だよな。お前を呼び出すのに篠原使った本田って、一体いつから篠原(あいつ)と仲良くなったんだろうな」

「知らねぇよ。篠原に聞けば?」

「いや、喋らねぇだろ。あいつ口固いもん」

「まぁな」

 咲乃が口を閉ざすのは、殆んど神谷のせいでもあったが、彼は元々自分のことを話すのは得意ではないようだ。前の学校はどうだったのか聞いても、いつも答えをはぐらかされる。重田は内心、友人さえも近づけさせないような距離感に歯がゆさを感じていた。でも、本人が話したくないなら話さなくてもいいかとも思う。
 友人を慮って適切な距離を測ろうとする傍らで、ぐいぐい咲乃の中に入って行こうとするもう一人の友人を見ると、いったい何が正しいのか分からなくなった。

「実はさ、一部の女子の間で、その本田と篠原が付き合ってんじゃねーかって噂もあるくらいなんだよ」

「そうなのか?」

「街中で、二人で歩いてるところを見たってやつもいるし。表には出てねーけど、うっすら噂になってるっぽいんだよな」

「あくまで噂だろ。信ぴょう性あんの?」

「昨日の告白の件からすると、知り合いじゃないってことは絶対ねーな」

 たしかに。実際、篠原が直々に重田を連れ出したのだ。いくら面倒見のいい篠原でも、赤の他人の下世話な頼みを呑むはずがない。

「それ、山口に言わない方がいいんじゃないか?」

「あ、お前もそう思う?」

 重田が神妙な顔をしていると、神谷も神妙な顔をして重田を見返した。