修学旅行2日目、咲乃は悠真等を含む班で清水焼の陶芸体験に参加していた。電動ろくろを使って器を作り、釉薬(ゆうやく)の色を決める。窯焼は職員がして、一か月後には自宅に郵送される。
 体験授業は40分程度で終わり、その後は、班別行動として自由に京都を周って良いことになっていた。

 咲乃と悠真たちは昼食に祇園商店街で蕎麦を食べると、その後はお土産屋を周って時間を潰した。祇園商店街には、同校の制服の他に他校の制服もちらほら目に入る。人通りの多い道を歩きながら、咲乃は悠真や日下たちから半歩後ろを歩いて京都の街並みを眺めていた。
 前日の雨で照り返しが強くなった5月の陽光を浴びながら何件も土産屋を周っているうち、成海から要求を受けていた和菓子が目に入った。生八つ橋は日持ちがしないため郵送にしようかと、棚に並べられた様々な種類の八つ橋を吟味する。成海は甘いものに対してこだわりがないから、逆に選ぶのに苦労する。

「八つ橋買うんだ?」

 悠真が声をかけてきて、咲乃は手に持っていたイチゴクリーム味の八つ橋の箱を棚に戻した。

「うん、お土産を頼まれているから。新島くんは何か買ったの?」

「別に。荷物になんの嫌だから。家族(うち)は修学旅行の土産なんて興味ないしさ」

「そう」

 咲乃は柔く笑って短く返事をした。ここに成海がいたら、お土産もお出かけの楽しみなのにと不満そうにしたことだろう。
 悩んだ挙句、こしあんと抹茶2種類の八つ橋の箱を2セット選んでレジへ向かった。サービスカウンターで成海宅と雅之宅へ郵送で送る手続きをする。明日には届くとのことだった。
 用事を済ませて、悠真や日下たちの姿を探していると、女性用のネックレスを手に取っている悠真の姿を見つけた。





 修学旅行を篠原咲乃と過ごせないことで、彩美は久々にやさぐれていた。修学旅行なら好きな人と同じ屋根の下で寝泊まりが出来るというのに、別のクラスになったせいで彼と顔を合わせる事すらできない。時々、人込みの中で咲乃が忙しそうに働いている姿を見止めるだけで、話しかけることさえままならないのだ。
 そういう訳あって、彩美はやさぐれた気持ちのまま修学旅行に参加しているわけだが、旅先で気持ちが晴れるわけでもなく、むしろじめじめした古臭い建物を見て余計心を落ち込ませていた。
 咲乃といられない修学旅行を過ごして楽しくなるわけがない。文化遺産とは知っているが、古ぼけた寺や仏像を見たところで彩美にとって何の感動も湧かない。彩美にとって、篠原咲乃こそが世界遺産に登録されるべき存在なのだ。篠原咲乃を一日中眺めていられるツアーがあるならいくら払っても参加したいところである。
 しかし、学校一の美少女と言われるだけあって、彩美は胸の内に沸騰している不満など外面に出さない。いつも可愛い笑顔を顔中に張り付けて、脇役である女友達(モブたち)とお土産屋を徘徊している。

「ねぇ。これ可愛いくない?」

 小学生の頃から付き合いのある少女が、テディベアモチーフのキーホルダーを彩美に見せた。ジュエリーショップに売っているわけではない、おもちゃのようなキーホルダーだった。

「可愛い―! そうだ、みんなでお揃いにしようよ!」

「友情の証だね。あたし一生大事にする!」

 彩美は「かわいいー」などとはしゃいだふりをしながら、内心では「全然、京都関係ねぇだろ、それ」と毒づいていた。

 彩美の友人は皆、おしゃれが好きで可愛いもの好きの魅力的(カラッポ)な少女ばかりだ。部活も勉強もそこそこ楽しみながら、男子の友達も沢山いる。仲のいい友達とべったり一緒に行動し、恋愛になると簡単に崩壊するような薄っぺらい友情を語らいながら今を楽しむことで必死だ。いかに学生生活を青写真に落とし込むか。どうせ卒業したら連絡さえ取らなくなるだろう程度の友情なのに、全力で友達ごっこを演じて見せる。友情なんて軽く口にする人間こそ、信じてはいけないと彩美は思っている。

 修学旅行にはしゃいだふりをしつつ、本心では誰も修学旅行に興味があるわけではなかった。ポップで色彩豊かな都会の風景に憧れを抱く少女たちの関心事は、自分がいかに映えるかということと、他校のイケメンのことのみだった。

「もっと楽しそうにしたらー? せっかくの修学旅行なのにシラけるじゃん」

 彩美が猫をかぶってにこにこしていると、脇役(モブ)のひとりが、彩美にしか聞こえない声で囁いた。