四つ角交差点の少し手前にある、鈴木さんという表札がかかっているお家をぐるり取り囲む灰色の塀。それに背中を張りつけて、全神経を集中させています。
あたしは、いま絶賛、ブロック塀になりきっているところです。
「(鈴木さん、ごめんなさい)」
見知らぬ鈴木さんに心の中で、手を合わせて謝る。
あたしは、新庄くんが四つ角のセブンに寄る時、決まってこの鈴木さんのお宅の塀になりきる。
ここからだと、店内がよく見えるのだ。
えっと、では、深呼吸して気持ちを整えましょう。
柏木希羽の法則、その1。
塀化するときは、邪な心を捨てる。
あたしの頭の中も、心の中も、新庄くんでいっぱいだけど。この瞬間だけは、新庄くんをちょっとだけ奥の方にしまって。
髪が顔にかかろうと気にせずに、目を閉じる。
「(あたし、塀化には自信があります。でも、電柱化はちょっと苦手です)」
もし、誰かが塀化したいって思ったら、まずあたしに聞いてくれるといいな……。
あたし塀化ノウハウなら、誰よりも持っていると自負がある。
懇切丁寧にお教えします! 会話も弾むに違いない!
そんなことを思うのはいつものことなのに、まだ誰も塀化の方法を聞きに来てくれないの。
願いは、なかなか届かないものである。
と思った矢先。
「おねえちゃん、何してるのー?」
可愛らしい声にそぉっと目を開くと、髪の隙間にあたしを見上げる小さい男の子。
「(も、もしかして……、塀化をご希望かしら?!)」
話しかけてくれた!
うそぉ……。
思わずウルッときてしまった目元に力を入れて、視界にかかっていた髪を払って、表情をぴしりと引き締めた。
「あ、ああ、あたし、いま、塀化のさ、さいちゅ、っ、」
「ひっ!」
「……え、」
「ママ―――――ッ!!」
「見ちゃダメ!目をやられるわよ!」
お母さんと思しき人が現れて、ものすごい勢いで立ち去られてしまった。
「(久しぶりに、話しかけてもらったのにな……)」
焦って、噛みすぎちゃったからかな。
それとも、塀化をお求めではなかったのかな。
…………ちょっとだけ、喜びすぎちゃったな。
わかっているのに、がっくりする気持ちはとめられない。
仕方がないもん。
いつものことだもん。
あたしと目が合うと、なぜかみんな目を逸らすし、逃げ出すし、目を抑えて痛がる人もいる。
勇気を出して話しかけようとすれば、なぜか事前に察知されてザザッとみんなが離れていく。
ああ、それに、反省すべき点は、今日もまた神さまがくれた機会を生かせなかったことだ。
せっかく、久しぶりに家族以外とお話しできるチャンスを与えてくださったのに。
「(……次は、次こそは、頑張りますので)」
だから、どうか神さま、見捨てないでください。
胸の前でぎゅっと指を組んで、祈りをささげる。真剣に。心を込めて。
あ、でも、そうだ。
神さまは、あたしを見捨てていない。
「(だって、あたしに新庄くんを与えてくださったのだから!)」
ありがとうございます、ありがとうございます、あいがちょうごじゃ、っ!。
……、滑舌開発センター、通おうかな。
あたしは、いま絶賛、ブロック塀になりきっているところです。
「(鈴木さん、ごめんなさい)」
見知らぬ鈴木さんに心の中で、手を合わせて謝る。
あたしは、新庄くんが四つ角のセブンに寄る時、決まってこの鈴木さんのお宅の塀になりきる。
ここからだと、店内がよく見えるのだ。
えっと、では、深呼吸して気持ちを整えましょう。
柏木希羽の法則、その1。
塀化するときは、邪な心を捨てる。
あたしの頭の中も、心の中も、新庄くんでいっぱいだけど。この瞬間だけは、新庄くんをちょっとだけ奥の方にしまって。
髪が顔にかかろうと気にせずに、目を閉じる。
「(あたし、塀化には自信があります。でも、電柱化はちょっと苦手です)」
もし、誰かが塀化したいって思ったら、まずあたしに聞いてくれるといいな……。
あたし塀化ノウハウなら、誰よりも持っていると自負がある。
懇切丁寧にお教えします! 会話も弾むに違いない!
そんなことを思うのはいつものことなのに、まだ誰も塀化の方法を聞きに来てくれないの。
願いは、なかなか届かないものである。
と思った矢先。
「おねえちゃん、何してるのー?」
可愛らしい声にそぉっと目を開くと、髪の隙間にあたしを見上げる小さい男の子。
「(も、もしかして……、塀化をご希望かしら?!)」
話しかけてくれた!
うそぉ……。
思わずウルッときてしまった目元に力を入れて、視界にかかっていた髪を払って、表情をぴしりと引き締めた。
「あ、ああ、あたし、いま、塀化のさ、さいちゅ、っ、」
「ひっ!」
「……え、」
「ママ―――――ッ!!」
「見ちゃダメ!目をやられるわよ!」
お母さんと思しき人が現れて、ものすごい勢いで立ち去られてしまった。
「(久しぶりに、話しかけてもらったのにな……)」
焦って、噛みすぎちゃったからかな。
それとも、塀化をお求めではなかったのかな。
…………ちょっとだけ、喜びすぎちゃったな。
わかっているのに、がっくりする気持ちはとめられない。
仕方がないもん。
いつものことだもん。
あたしと目が合うと、なぜかみんな目を逸らすし、逃げ出すし、目を抑えて痛がる人もいる。
勇気を出して話しかけようとすれば、なぜか事前に察知されてザザッとみんなが離れていく。
ああ、それに、反省すべき点は、今日もまた神さまがくれた機会を生かせなかったことだ。
せっかく、久しぶりに家族以外とお話しできるチャンスを与えてくださったのに。
「(……次は、次こそは、頑張りますので)」
だから、どうか神さま、見捨てないでください。
胸の前でぎゅっと指を組んで、祈りをささげる。真剣に。心を込めて。
あ、でも、そうだ。
神さまは、あたしを見捨てていない。
「(だって、あたしに新庄くんを与えてくださったのだから!)」
ありがとうございます、ありがとうございます、あいがちょうごじゃ、っ!。
……、滑舌開発センター、通おうかな。