勇太が小声で尋ねてくる。私は小さく首を振った。あんな人、全く知らない。一体今、外で何が繰り広げられているのか。

 気になった自分はそっと足を踏み出し、外の音を盗み聞きしてやろうと思った。ボロアパートは壁も薄いし扉もペラペラだ、きっと会話が聞こえるはず。

 だがその計画はすぐにダメになった。私が玄関に行きつくより先に、男前が戻ってきたからだ。しかし、背後には誰もいない。

 私は恐る恐る尋ねた。

「あの、あいつらは……?」

 その質問に、彼は涼しい顔をして答える。

「俺が支払っといた。奴らは帰った」

 まさかの言葉に、口をぽかんと開けたまま彼を見上げた。

 支払った? あの借金を、この人が?

 年は同じか、少し上くらいだろうか? セットされた綺麗な黒髪に長い手足。鋭い目元は少し怖さを感じてしまうほどで、立っているだけで気品を感じる。何度見ても、知らない人間だ。誰かに似てる……気もするけど、テレビか何かで見たのかもしれない。

 だが、とにかくこの人に助けられた、その事実だけは変わらないのだろう。私は慌てて床に座り込み、深々と頭を下げた。

「あの! ど、どなたか存じ上げませんが、助けて頂いたようで? 本当にありがとうございます、お金は何年かかっても必ずお返しいたします!」

 勇太も私に続いて正座し頭を下げた。人にこんなふうにお礼を言うなんてテレビの中だけかと思っていたが、人生の危機を助けられると、無意識に人間は頭をなるべく低くしてしまうらしい。

 上から低い声が降ってきた。

「どなたが存じ上げない?」

「あ、えっと、あの二階堂グループのお方なんですよね? 会社は勿論知っています。ですがあの、なぜ私たちを助けてくれたんですか?」

「二階堂玲」

「え? あ、二階堂玲さん……?」

「二階堂玲だって」

「はい、二階堂玲さん」

「…………ちっ」

 小さく舌打ちされてビビりあがる。もしや、世間的に有名なお方なんだろうか? 知らないということで気分を悪くさせたかもしれない。