「いつまで玲の家庭教師をしてたんですか?」

「高校卒業するまでですよ。彼はいい大学に入りましたし、さすがに私の教えなんていらなくなりましたから。正直なところ、高校に入った頃にはすでに私が教えられることは尽きていました。玲さんは頭もよかったし、勉強となれば私よりもっと相応しい家庭教師がいたのは事実です。でも、彼の強い希望で卒業までは」

「そうだったんですか……」

「それ以来会えてませんでしたが、時折手紙を送ってくれました。大学に入ってこんな勉強が楽しいだとか、就職してこれがやりがいがあるだとか、半年に一度くらいですけどね」

「玲が手紙!?」

 私は驚きの声を上げてしまった。あの玲が一体どんな顔で手紙なんて書いたというのだ。可愛いことをするじゃないか。畑山さんは少し笑う。彼女は笑うと、目じりに優しい皺が出来るんだ、と初めて気が付いた。普段は厳しく、私も学ぶことに夢中で、あっちの笑顔なんて気にしたことがなかったのだ。

「その中に、政略結婚させられそうで嫌だ、と書いてあったことがありました。理由は書いてなかったのですが、まあ誰でも決められた相手との結婚は嫌だろう、と彼の気持ちを分かっていた気になっていました。お相手がそんな方だったんですね」

「ああ、畑山さんはそれで玲と楓さんの婚約を知っていたんですか……」

 彼女はふうと一旦息を吐く。ぼんやりテーブルの一部を見つめながら続けた。

「ある日もらった手紙に、あなたと結婚した、と書かれていました。一般人で作法などには疎いから教えてほしいと。電話をして直接話を聞いて驚きました。私は無謀だと言ったんですが、彼の意思は固かったので受け入れました。初めは不安でいっぱいでしたが、舞香さんは想像以上に飲み込みも早いし根性があるので、今では彼の見る目はあったのだなと反省しています。そして、玲さんがそこまでして背きたかった結婚だと気づいてあげられなかったことが、今とても悔しいです」

 そんな弱々しい言葉が飛び出したので、私は一瞬言葉も出なかった。

 畑山さんがそんなことを思っていたなんて。特に最後の一文は、畑山さんではなく普通親が言うセリフである。見た目は厳しく、決して親しみやすい人とは言えない畑山さんだが、とても真面目で根は優しいことは、ここ一か月で十分分かっている。

 私はにこりと笑って見せた。

「畑山さん。この前の食事会で、玲が言ってました。自分を育てたのは家政婦さんと畑山さんだって。玲ってどんな子供だったんですか?」

 彼女は驚いたように目を丸くした。そして戸惑いつつ答える。