静まり返ったリビングで、自分がページをめくる音だけが響いた。
じっと集中し、文字を視線で追う。少し喉が渇いたな、と思い、視線はそのままに近くに置いてあったグラスを手にした。水を喉に流し込む。
すると突如、静寂の中に音が響き渡った。賑やかな声が自分の耳の飛び込んでくる。
「暗。電気ぐらいちゃんとつけろ」
「ただいま戻りましたー舞香さん?」
あっと顔を上げる。同時に部屋の電気が付けられた。ぱっとシャンデリアに明かりがともる。ダイニングテーブルの上だけ電気をつけていたのだが、一気に部屋全体が眩しくなった。振り返ると、玲と圭吾さんが立っていた。帰宅したらしい。
「あ……おかえりなさい」
そう挨拶をすると、二人はぎょっとしたような顔つきになった。私はそこからゆっくり立ち上がる。
背中全体が疲れ果てている。太ももの内側、腕だって。全身疲労だ。
「帰ってきたの全然気づかなかった」
「ずっと資料読んでたんですか?」
圭吾さんが私の近くにあるテーブルの上を見て言った。そちらに視線を向けてみると、無残なほど様々な本が散乱していて、散らかし放題であった。
「あ、ごめんなさい散らかしてて……そう、用意してもらった本に目を通してて」
「教わった姿勢でか?」
玲が言う。私は苦笑いした。
畑山さんに教わった姿勢を保持し、出来る限りそれを常日頃キープしておけと言われた。慣れと筋力の問題なので、必要時だけやるのではなく、日常的に使いこなせというわけだ。
了承した。畑山さんのレッスン中と、その後彼女が帰宅した後も、私は背筋に板を張り付けたように伸ばしたまま自己学習をしていた。
ああ、体力にはそこそこ自信があったはずなのに、たった一日でこれ。今までいかに筋力を使っていなかったか痛感させられる。
「畑山さんに教わったの」
「ふうん……」
「あ、これ畑山さんが玲にって」
私は簡単に折りたたまれた白い紙を手渡す。玲が帰ったら渡すように、と言付かっていたのだ。
彼は受け取りそれを開く。そして、すぐに目を丸くしたのだ。
「どうやってあの人に取り入った?」
「え? 取り入ったって」
「彼女の実力は分かってたから頼んだが、正直断ってくるか文句の一つでも返ってくるかと思っていた。気難しさも人一倍だから」
「ああ、最初は無理です、みたいなことをズバッと言われたけど……」
「が、これを読む限り、あの人はなぜかお前をそこそこ気に入ったと見える」
持っている手紙をペラペラと揺らしながら玲は言う。私はああ、と思い当たり言った。
「熱意持ってやる気を訴えたの、三千万と弟のためだって」
「え、三」
「主語は抜きながら」
私がそう言うと、玲と圭吾さんは顔を見合わせた。そして少しの間があった後、二人は勢いよく吹き出して笑いだした。
圭吾さんが笑い声を漏らしながら言う。
「あの畑山さん相手にそんなこと言って説得するなんて、凄いですね!」
「あの人は俺も子供の頃からしこたましばかれた凄い人だからな。まあ、味方につけりゃ強いのは確かだ」



