日給10万の結婚

 畑山さんが私の周囲をぐるりと回りじっと観察する。と、あれ? というように目を開いた。

 彼女は腕を組み、口元を手で押さえつつ意外そうに言った。

「失礼ですがご職業は?」

「看護師してました」

「まあ、そうだったんですか。ですが、看護師は姿勢の指導なんてないですよね?」

 畑山さんが不思議そうに言う。私はにこりと笑って見せた。

「今日圭吾さんの資料読んで、意識してたんです。まずは入門で姿勢からかなあ、って。立ち方と、座り方とか」

 そして近くにあったダイニングの椅子に座って見せる。彼女は数回頷いた。感心するように呟く。

「ええ、ええそうです、見た目としては教科書通り。よくできています。資料を見てご自身で試していたのですか」

「はい、これと、あととりあえず食事の作法を頭にぶち込んで」

「へえ……まあ基礎中の基礎ですが、意外と姿勢を正すっていうのは一人では難しいのですよ。本当にやる気が凄いんですね、驚きました」

 素直に褒められたので、こちらも嬉しくなって笑った。たかが姿勢、されど姿勢。狭い畳の部屋で育った自分がこんな格好をするのは、結構難しい。

「ではその姿勢のまま、覚えたという食事のマナーについて行きましょう。そうですねまずは」

「たた、ですね、畑山さん……」

「はい?」

「私、みたいな、底辺人間は……この姿勢をキープするのが苦痛でして」

 プルプルと声が震える。ああ、背もたれにもたれたい。足を開きたい。体力は結構あるつもりだったけど、違ったのかな。

 畑山さんは当然と言った様子で答えた。

「筋力の問題ですから。普段使ってないところも使いますからね。これは慣れです」

「慣れ」

「私とのレッスン中は必ず姿勢を意識していてください。崩れたら指摘します」

「ひいい」

「変な声を出さない。下品ですよ」

(ひいいい)

「ではまずは口頭で軽く確認したあと、実践しましょう。何事も実際やってみるのが一番ですよ」

 畑山さんは宣言通り、スパルタそうだ。

 そしてすでに悲鳴をあげている筋肉をそのままに、畑山さんにしごかれ続けたのだ。