インターホンの音がしてはっとする。時計を見上げてみれば、昼の一時だ。すっかり時間を忘れて没頭していたらしい。この時間にマナー講師が来ると言っていたではないか。見てみれば、まずはエントランスからのチャイムのようだ。画面にぴしっと立った女性が一人だけいる。荒い画像で分かりにくいが、中年ぐらいに見える。

 すぐにロックを解除、そして今まで自分が座っていたテーブルを見渡した。しまった、無我夢中で広げていた本や資料の山となっている。急いで片付けた。案外早く、二度目のインターホンは鳴り響いた。

 私は慌てて玄関へと向かった。朝適当に整えた身支度のまま、広すぎる玄関に飛び出し戸を開ける。

「はい!」

 勢いよく戸を開けると、やはり一人の女性が立っていた。彼女は驚いた顔で私を見ている。

 年は四十半ばぐらいだろうか。真っ黒な髪をしっかり結い上げており乱れは一つも見られない。着ている白いジャケットが映えている。上品な顔立ちで、けれどもどこか気の強さもうかがえる。銀縁眼鏡から覗く三白眼は、真ん丸に開かれていた。

「あ、こんにちは……? 先生ですよね?」

 私はにこりと笑いかけた。

 あちらは未だに驚いた顔でいる。そしてゆっくり私を下から上へと見つめた。そしてやや低めの声で尋ねる。

「二階堂、舞香、さん?」

「はい!」

「あなたが……」

「どうかしましたか?」

 私の問いに、小さく首を振った。そして淡々と自己紹介を行う。

「失礼しました。私、今回任されました畑山明代といいます」

「よろしくお願いします!」

 頭を下げると、畑山さんは中に入ってくる。そして美しい所作で靴を脱ぎ揃えると、廊下を歩きながら言った。

「失礼ですが、舞香さんはこういったマナーの学習などは?」

「初めてです!」

「…………」

「あ、箸の持ち方は綺麗だねって言われたことありますよ」

「…………」

 隣から小さなため息が漏れたような。気のせいかな。

 リビングに到着すると、畑山さんはちらりとテーブルに積まれたままの本たちを見た。そしてそれに近づき、一冊を手に取って中を見る。