玲はふうと息を吐いた。

「戻ると言っても、今更親子をするつもりは全くない。一線を引いて仕事相手として接する。必要以上に俺や舞香に接触してほしくないし口出しもさせない。これは最初に念書書かせるか」

「そ、そこまでしなくても……」

「それぐらいしとかないとだよ。俺は会社には戻るけど、あいつらの息子に戻る気はないんだ」

 彼はきっぱり言い切った。悲しくも、頼もしくもあった。きっと本当に私のことを思ってくれていて、ご両親のことは切り捨てているのだ。

 圭吾さんが微笑んだ。

「僕はどちらの生活も、二人なら大丈夫だと思ってます。社長たちは、今回の件でお二人の人望や能力が身に染みたと思うので、今後はちゃんとフォローしてくれると思いますよ。では、親子は戻らないけど会社には戻ると伝えますね」

 彼はそう言って玄関に向かっていった。玲は散らかった部屋を見渡しながら『せっかく引っ越しの準備してたのになあ』なんてぶつくさ言っている。

 私は圭吾さんを見送るために、慌てて玄関へ向かった。

 靴を履いている圭吾さんに、改めてお礼を言った。

「圭吾さん、ありがとうございました。私たちのために色々やってくれてたんですね」

 倫子さんや伊集院さんをも使って、今の状況を有利にさせるとは。これほど詳しく一週間の出来事を把握するには、かなり気を張ってみていなければならないし。

 いつでも私たちの味方な圭吾さん。

 彼は振り返る。

「玲さんが腰抜けじゃなくてよかったです。ちゃんと自分で選べましたね」

「あは、腰抜け」

「まあ、腰抜けだったらそれはそれでよかったんですけど。二階堂を選んで舞香さんと離婚するようなことがあれば、僕の出番でしたから」

「圭吾さんの出番?」

 首を傾げると、彼はふう、と息を吐いた。そして目を細め、どこか寂し気に言う。

「でも、舞香さんは玲さんの横にいる時が一番生き生きしててカッコいんですよねー。そんな舞香さんを、応援したいって思ったんです」

「最初からずっと、圭吾さんは私の味方でしたから」

「これからもずっとですよ」

 それだけ彼は言うと、私に手を振って玄関の扉から出て行ってしまった。

「なんか、普段と様子がちょっと違ったような」

 いつも通り優しいし時々毒を吐くのは変わらないけど、なんとなく違う雰囲気を感じた。腕を組んで考えてると、後ろから玲がやってくる。

「あれ、圭吾帰った?」

「うん、帰ったよー。圭吾さん疲れてたのかな? なんか普段より元気なかったかなーって」

 彼と並んでリビングに戻りながらそう言うと、玲は困ったような声を出した。

「あーまあ……俺は一生あいつに頭が上がらない、ってことだけは確かだな」

「いつも上がってなくない? 圭吾さんに上手く転がされてると思うよ」

「そうじゃなくて今回は……まあいい」

 ふいっと顔を背けて行ってしまった。私はよく分からないままだ。

 まあ、圭吾さんの功績は凄いから、そりゃ私も頭が上がらないけどさ。

「舞香、今後について話す。こっちに来い」

「はーい」

 私は小走りで玲の元へ走った。