「でも本当に動くとは思ってませんでしたよ。だって、結婚の話はプライベートはことですからね。そこに口を挟んでくるなんて、よっぽと舞香さんを慕っていたんですよ。少しでも揉めてくれればいいなと思ったんですが、まさかここまで大きくなるとはね」

 肩をすくめて彼は言った。私は呆然として圭吾さんを見る。

 そういえば、玲や、あの畑山さんまでも圭吾さんには信頼を置いているようだったので、彼も十分優秀で凄い人なんだろう。可愛らしい容姿をしているけど、敵に回したら怖いタイプだったのかもしれない。

 圭吾さんはにやりと笑う。

「以上、社長と奥様がこの一週間、これほどの問題に見舞われ、辟易しています。色々お二人で考えたそうですが、お二人に元に戻ってもらう方が早く、実害も小さいと考えたんでしょう。まあ、少しは、玲さんを幼少期の頃から放っておいた罪悪感もあったみたいですよ。あの人たちも人間の心が残ってたんですね」

「それでこの手紙、か」

「書いてあるように、舞香さんの結婚は認める、とのことです」

 なるほど、確かに色々問題が起こってしまっているようだ。このまま私と玲を二階堂に呼び戻すとは。玲は苦々しい顔で言った。

「むしがいいな。困ったらすぐに音を上げて助けを呼ぶとか。今更なんだよ。もっと困ればいい」

 だが、圭吾さんがすぐに言った。

「気持ちは分かります、玲さん。でも、僕はこれは決して悪い話じゃないと思ってます。これまでお二人は頑張ってきたのに、二階堂という大きな存在を手放すのは勿体ないと思ってました。今戻れば主導権は玲さんが握れます。捨てることはいつでも出来るので、一度帰ってみてもいいんじゃないかと思うんです。これは、友達としての意見でもある」

 圭吾さんの話も一理あると思ったのか、玲が黙って考え込む。

 玲の言い分も痛いほどわかる。あの人達は改心したというより、状況的に困ったから玲に助けを求めただけ。自分勝手だしもっと困らせたいと思う気持ちは当然だと思う。

 だが圭吾さんのいうこともわかる。玲は二階堂を継ぐために頑張ってきたのだから、もう一回くらいチャレンジしてもいいんじゃないかとも思う。

 でもそれよりまず不安があり小さな声で言った。

「借金のこととか、入籍日のこととか……大丈夫なんでしょうか、二階堂の人間として」

 それに対し、玲がサラリと言った。

「大丈夫だろ。知ってるのは親と楓ぐらいだ。他の人間がそんなことを調べるとは思えないし。楓は多分漏らせないだろう、そうすれば自分が尻軽だった証拠や、舞香を襲わせたことをバラされると思うからな。その上俺が舞香の借金を肩代わりした事実は実際はないんだし、再会したその日に交際ゼロ日婚ってことにしておけばいい。とやかく言うやついねえだろ」

「そうなのかな」

 自信ない声で呟いた私に向きなおる。玲は真剣な顔で言った。

「舞香、俺は本当にどっちでもいい。このままゼロからやり直して、普通の人生を歩むのでも、二階堂に戻るのも」

「ええ?」

「舞香がいてくれるならどっちでもいいんだ。お前はどうしたい? 言っておくが二階堂の嫁になったら大変だと思う。大きな敵は一旦いなくなったけど、これから先また出てこないとも限らない。二人で服部になって、普通の生活をしたいというなら、俺はそれがいいと思う」

 二人が私を見てくる。ぐっと言葉に詰まった。

 考えた事がなかった、私が本物の二階堂の嫁になるなんて。確かに大変であることは間違いない。やれパーティーだお茶会だ、マナーだ知識だと、これから先もあるのだと思うとうんざりする。

 でも、倫子さんや伊集院さん、畑山さんは好きだ。圭吾さんともこうして会うことが出来る。いつの間にか、私は二階堂でたくさんの大事な人が出来ている。

 玲が私を気遣って言った。

「急すぎるよな、しばらく考え」

「いいよ」

「え?」

 私はぐっと前を向いた。二人の顔を見て笑顔を作る。

「二階堂に戻っていいよ、玲。玲は案外優秀な人なんでしょ? その能力を使わなきゃ勿体ないし、二階堂に好きな人たちもいるんだよね。マミーたちがここまで下から出てるのに、断る理由はないかなって」

 玲は戸惑ったように言う。

「本当に……大丈夫か?」

「性格悪い玲が、今更小さな会社で誰かに使われるとか出来なさそうだし」

「おい」

「あと二階堂にいた方が、勇太の学費とか困らないから」

「その理由が一番お前らしい」

 玲が声をあげて笑った。私は決意し大きく頷いた。

 正直どっちでもいい、は私も思ってる。また看護師の貧乏生活も、玲と一緒なら楽しそう。二階堂の肩の力が抜けない生活も、玲と一緒なら大丈夫。

 また敵が沸いてきたとしても、きっと楽しく戦える。なってったって、本当の夫婦になれたんだから。