意味が分からない言葉が飛び出した。今日は理解不能な文章ばかり言われる日だ。

 私が借金取りに連れていかれそうになったところを、玲が来て肩代わりしてくれた。だからあいつらはいなくなり、代わりに私は玲と結婚した。それは間違いないはずなのに、一体どういうことだろう。

「どういう意味? だって、三千万の肩代わりしてくれたから、あいつらはいなくなったんでしょ?」

 私が詰め寄ると、玲は項垂れた。そして、ぽつりぽつりと真実を言ってくれた。

「……あいつらはどう見ても、ちゃんとした金貸しじゃなかったろ。借用書見ても明らかだった。闇金ってやつだな、舞香の父親はそこから借りたんだろう」

「それは私も分かってた」

「知ってるか、法外な金貸しをしてるやつらへの借金の返済義務はないんだ」

 頭の中が真っ白になった。ぼんやりと、馬顔と髭面を思い出す。ガラの悪い二人だった。

「……どういうこと?」

「俺はあの日、お前のアパートの外で、借金を代わりに支払ったわけじゃない。法外な金貸しであることを指摘して、うちの顧問弁護士の名前を言ってやっただけだ。相手は渋ったが、とりあえずは撤退した方がいいと思ったんだろう。そもそも、借金作ったのはお前じゃなくて父親だしな。リスクを犯して舞香から取り立てるより、父親を探し出した方がいいと思ったのかもしれない」

 そういえば、私の目の前で肩代わりをしてくれたわけではない。玲は奴らを連れて一旦廊下へ出た。そして帰ってきた時には、もう奴らがいなくなった後だった。

「……借金は、ない?」

「それでも相手が諦めない可能性もあったから、弟はすぐさま引っ越しさせた」

「急な引っ越しの理由には、そんな背景もあったの……」

 確かに、勇太は知らぬ間に違う家へ引っ越しを済ませていた。玲の妻の家族がぼろ家じゃよくない、という彼の言い分を信じていたが、他にも理由があったらしい。私はまるで気づかなかった。

 玲は叱られた子供のような顔をしながら、私に深く頭を下げた。

「言い訳になるとは思ってるけど、一年後にはちゃんと事実を話して三千万は渡すつもりだった。あの頃、俺はとにかく早く自分と結婚してくれる相手を見つけ出したくて、あの状況にいた舞香を利用したんだ。借金を肩代わりしたなんて嘘を言って、舞香がこの仕事を断れなくなるように仕向けた……クズみたいな人間なんだ」

「それが……玲が言ってた隠してたこと?」

 彼は頭を上げ、小さく頷いた。そして、苦笑いしながら続ける。

「最初は本当にビジネスバートなーとして舞香と過ごしてたけど……あっという間にそれを乗り越えて意識し始めてる自分がいて。あのパーティーで必死に誰かを救おうとしてる姿や、何にもへこたれない姿を見て、とっくに女性として好きになってた」

「えっ」

 自分の口から声が漏れた。玲は少しだけ目を細める。

「それまで平気で隣で寝てたのに、そんなことすら出来なくなってずっとリビングで自分は寝てた。お前は全然意識してなさそうだったけど」

 ぎょっとして大きな声をあげてしまった。知らなかった事実にびっくりだ。

「玲、ずっとリビングで寝てたの!? 貧乳には興味ないって言ってたじゃん!」

「馬鹿! どうでもいい女の貧乳は興味なくても、好きな女の貧乳は別もんだろ! 貧乳にも色々あんだよ!」

「貧乳連呼すな!」

「お前が言い出したんだろ!」

 なぜかくだらないことで言い合いになり、はっとする。こんなことを言いあっている場合ではないと、お互い慌てて軌道修正した。玲は咳ばらいをし、すぐ弱々しい声になる。

「お前は俺よりずっと圭吾の方が気に入ってるみたいだったし……何より、騙してこんなことをさせてる俺に、気持ちを伝える資格はないと思ってて。一度全部洗いざらい告白しようと思ってたんだ。なのになかなか言い出せず、仕舞い目には抑えきれず手を先にだして……」

 あの玲が、しおしおと小さくなっている。こんな玲を見るのは初めての事だった。いつだって自信に満ちて性悪で、口が悪いこの男が、まるで子供のようだった。そんな新しい顔を、どこか可愛いと思っている自分がいた。

 そうだったのか、だからごめんと謝っていたのか。私に隠し事をしたままキスしてしまった罪悪感を勝手に感じていたのだ。

 そして頭を冷やしたくて少し距離を置いたのだろう。どう私に話そうかゆっくり考えたかったのかもしれない。

 確かに、彼は私に嘘をついていた。それは紛れもない事実だ。でも、それを自分で責めている玲を、私は叱ることなんて出来なかった。