「あのね。私、あなたと玲さんの間に愛情があるかどうかはどうでもいいと思ってるの。言ってしまえば、離婚さえしてくれれば、裏で繋がっていてもいいとすら思ってるのよ。私が欲しいのは二階堂玲の妻という立場なの。あとは後継ぎさえ作ってくれれば、玲さんがどこで何をしてようが言及するつもりはない。あなたと浮気してても目を瞑っててあげる」
「……なにを」
「ちょっとぐらいお金をあなたに流しても大目に見てあげる。これでどうかしら。離婚を約束してくれるなら、この情報は私の中に秘めておきます。無視するようなら、一斉にばらまきます。あなたも玲さんも、生きにくくなるだけだと思うけど」
悔しいことに、何もいい案が浮かばなかった。言い返すことすら出来ない。私はただ、小さく震える手を抑えるのに必死になっている。
丁度タイミングよく、車が停まった。ちゃんと私のマンションの前だった。楓さんが言う。
「話は終わりです。これからのあなた方の動向を見ています。賢い立ち振る舞いを期待してますね」
運転手が降りて、私の方のドアを開けてくれた。早く降りろ、と言われているようだった。
しばし呆然としたあと、それに従い車を降りることしか出来なかった。地面に足をつけて立つと、ふわふわとした浮遊感に襲われた。ちゃんと歩けるかどうかも不安だった。
車は用は済んだとばかりにすぐにいなくなる。周りは暗くなり始めていた。私は心神喪失したようにそのまま立ち尽くす。
……まずいことになった。
あんな風に調べられているなんて全く気が付かなかった。状況的にこっちは不利だ。和人と別れた日に入籍したのは紛れもない事実だからだ。出会ったその日にスピード婚、という言い訳にしたって、あの写真付きでは周りがどう思うか想像がつく。
「玲に連絡しないと」
気まずいだのなんだと言っている暇はなかった。私はスマホを取り出し、すぐさま彼に電話を掛ける。しばらく呼び出し音が鳴ったが、相手が出る事はなかった。苛立ちながら耳から離し、メッセージだけを打ち込む。
『緊急事態だから、電話して』
もし私を避けていたとしても、これを読めばあいつも絶対に連絡してくるだろう。すぐに話して、これからの対処法を二人で考えねばならない。一体どうすれば穏便に済むのだろうか。
焦るのと同時に、めらめらと怒りがわいてきた。今頃、楓さんが言った発言が蘇ってくる。二階堂の妻という席さえあれば、玲が裏で不倫してようが構わない、だなんて。信じられない、一体玲を何だと思っているんだ。
改めてあんな女との結婚なんて許せない。あれと結婚なんてしたら、彼の人生はどうなるんだ。子供? 跡取り? まともな育児も出来ないに決まってる。玲は道具じゃない、人間だ。彼には彼の人生があり、幸せになる権利があるのに。
強く唇を噛む。さっき送ったメッセージの画面を見つめるが、まだ既読にはならない。仕事中でスマホを見られない環境なのだろうか。
早く声が聞きたい。そう心から思う。
とりあえず一旦家に入ろうと、エントランスに向かう。とその時、手の中にあったスマホが鳴り響いたので驚いた。玲が掛けてきたのだと喜んで画面を見たのだ。
だがそこにあったのは玲の名前ではなく、知らない電話番号だった。
「……? 誰だろう」
勇太や圭吾さんの番号はもちろん登録してある。知らない人から掛かってくるなんて、スマホを変えてから初めてのことだった。
無視してもいい。だが、その時の自分は言い知れぬ不安に襲われた。鳴り響く電話が、とてつもなく恐ろしい物に感じる。きっと、予感していたのかもしれない。
出なきゃいけない。そう感じた。
震える手で通話ボタンを押してみる。相手の様子を伺うように、声を出さないまま耳に当てた。
『舞香さん?』
ぞくりと寒気が走った。全て見ていたようなこのタイミングでかかってきた電話に、緊張が走る。何かが始まる、そう確信した。
私は普段通りの自分を装って返事を返す。
「お義母さま、どうされたんですか? この番号をどこで?」
私と彼女は電話番号を交換してない。なので、以前電話した時も、玲を通して連絡が来た。直接かけてきたのは初めてのことだ。
用がないのにかけてきたわけがない。しかも、今さっき楓さんとあんなことがあった直後というタイミングで。
「……なにを」
「ちょっとぐらいお金をあなたに流しても大目に見てあげる。これでどうかしら。離婚を約束してくれるなら、この情報は私の中に秘めておきます。無視するようなら、一斉にばらまきます。あなたも玲さんも、生きにくくなるだけだと思うけど」
悔しいことに、何もいい案が浮かばなかった。言い返すことすら出来ない。私はただ、小さく震える手を抑えるのに必死になっている。
丁度タイミングよく、車が停まった。ちゃんと私のマンションの前だった。楓さんが言う。
「話は終わりです。これからのあなた方の動向を見ています。賢い立ち振る舞いを期待してますね」
運転手が降りて、私の方のドアを開けてくれた。早く降りろ、と言われているようだった。
しばし呆然としたあと、それに従い車を降りることしか出来なかった。地面に足をつけて立つと、ふわふわとした浮遊感に襲われた。ちゃんと歩けるかどうかも不安だった。
車は用は済んだとばかりにすぐにいなくなる。周りは暗くなり始めていた。私は心神喪失したようにそのまま立ち尽くす。
……まずいことになった。
あんな風に調べられているなんて全く気が付かなかった。状況的にこっちは不利だ。和人と別れた日に入籍したのは紛れもない事実だからだ。出会ったその日にスピード婚、という言い訳にしたって、あの写真付きでは周りがどう思うか想像がつく。
「玲に連絡しないと」
気まずいだのなんだと言っている暇はなかった。私はスマホを取り出し、すぐさま彼に電話を掛ける。しばらく呼び出し音が鳴ったが、相手が出る事はなかった。苛立ちながら耳から離し、メッセージだけを打ち込む。
『緊急事態だから、電話して』
もし私を避けていたとしても、これを読めばあいつも絶対に連絡してくるだろう。すぐに話して、これからの対処法を二人で考えねばならない。一体どうすれば穏便に済むのだろうか。
焦るのと同時に、めらめらと怒りがわいてきた。今頃、楓さんが言った発言が蘇ってくる。二階堂の妻という席さえあれば、玲が裏で不倫してようが構わない、だなんて。信じられない、一体玲を何だと思っているんだ。
改めてあんな女との結婚なんて許せない。あれと結婚なんてしたら、彼の人生はどうなるんだ。子供? 跡取り? まともな育児も出来ないに決まってる。玲は道具じゃない、人間だ。彼には彼の人生があり、幸せになる権利があるのに。
強く唇を噛む。さっき送ったメッセージの画面を見つめるが、まだ既読にはならない。仕事中でスマホを見られない環境なのだろうか。
早く声が聞きたい。そう心から思う。
とりあえず一旦家に入ろうと、エントランスに向かう。とその時、手の中にあったスマホが鳴り響いたので驚いた。玲が掛けてきたのだと喜んで画面を見たのだ。
だがそこにあったのは玲の名前ではなく、知らない電話番号だった。
「……? 誰だろう」
勇太や圭吾さんの番号はもちろん登録してある。知らない人から掛かってくるなんて、スマホを変えてから初めてのことだった。
無視してもいい。だが、その時の自分は言い知れぬ不安に襲われた。鳴り響く電話が、とてつもなく恐ろしい物に感じる。きっと、予感していたのかもしれない。
出なきゃいけない。そう感じた。
震える手で通話ボタンを押してみる。相手の様子を伺うように、声を出さないまま耳に当てた。
『舞香さん?』
ぞくりと寒気が走った。全て見ていたようなこのタイミングでかかってきた電話に、緊張が走る。何かが始まる、そう確信した。
私は普段通りの自分を装って返事を返す。
「お義母さま、どうされたんですか? この番号をどこで?」
私と彼女は電話番号を交換してない。なので、以前電話した時も、玲を通して連絡が来た。直接かけてきたのは初めてのことだ。
用がないのにかけてきたわけがない。しかも、今さっき楓さんとあんなことがあった直後というタイミングで。



