「お知り合いなんでしょう?」
「……以前、少しだけお付き合いした男性でした」
「なるほどー。復縁を迫られた、ってことですかあ」
「でもおかしいんですよ。奴には付き合ってる女性だっているのに、急にあんなことしてきて。私が別れた相手に靡かない事なんて分かり切っていると思うのに」
私がわざとらしくいうと、突然相手は声を低くさせた。今まで見てきた頭空っぽのぶりっ子とは全く違った言い方だった。
「あなたは想像以上に目障りです」
急に出てきた本音に、つい驚きを隠せず隣を凝視する。足を組みなおし、楓さんはじっと真顔でこちらを見つめている。
楓さん相手のバトルなんて、余裕だと思ってきたのに、どうも様子が違う。
「人の婚約者を取る、という行為がどれほど愚かで敵を作るか、底辺のあなたには分からないんでしょうか。個人だけの問題じゃない、会社同士の利益もある。会社の利益はすなわち社員のためにもなるんです。うちの家と結ばれれば、二階堂はもっと大きくなれる」
「……一理あるかもしれません。でも、玲には玲の人生があります」
「あなたたちは本当に愛し合って結婚されたの?」
「もちろんです」
「へえ」
そう冷たく言った楓さんは、持っていた鞄からスマホを取り出す。それを操作して私にある画面を見せつけた。
つい先ほど、私が無理やり和人にキスされたシーンだった。
私は表情を変えない。そして、慌てることなく冷静に言った。
「これで玲と私の仲を引き離すおつもりですか? ちゃんと説明すれば、玲は分かってくれます。彼は私の話は聞いてくれるので」
妻の不貞の瞬間、とでも思ったのだろうか。本当はホテルに入る所を撮りたかったのかもしれないが、失敗に終わったので、キスで何とか証拠としたんだろう。
だが向こうも表情を崩さなかった。スマホを鞄に仕舞い込む。
「まあ、これ一枚だけじゃそうでしょうね」
「え……?」
そう言って、カバンから何やら書類を取り出す。報告書、という文字がちらりと見えた。そして私にそれを差し出してくる。
彼女は目を細めて、ゆっくりとした口調で言った。
「大島和人さんと別れた日と、玲さんとの入籍日が同日なのはどう説明なさるの?」
声が出せなかった。
膝の上に乗せられた書類には、私と玲が入籍をした届け日のことや、和人に振られた日の事などが詳細に書かれていた。でっちあげでもなんでもない、確かに私は、和人に振られたその日、玲と出会って入籍したのだ。
一般的に見て、変なスケジュールであることは間違いない。
「……これ、は」
「ねえ、分かる? この情報を流せば、普通の人は間違いなくこう思う。あなたは玲さんと大島和人を二股掛けていた。そしてさらに、その大島和人とは今でも関係がある」
ごくりと唾液を飲み込む。上手い言い訳が思いつかなかった。
確かに、いくら私が弁解したとしても、普通この二つの情報があれば勝ち目はないだろう。夫との入籍日までほかに付き合っていた男性がいた。その男性とキスしている――絶望的に、私の立場が危うい。
楓さんはにやっと笑う。
「本当はホテルにでも入って貰ったら、もっと明確な証拠になったんだけど……あの様子じゃ、あなたは本当に元カレには未練がないのね。まあ、二階堂玲という優良物件と比べたら、あんな男興味はないかあ」
「嵌めたのね」
「でもこのキス写真でも十分! 周りがどう思うか、が重要だから。
いい加減その席から下りなさい。不釣り合いです。そこは本来私がいた場所なの」
ひやっとしてしまいそうなほど、彼女の声は怖かった。私は、この人を見くびっていたのかもしれない、と思った。玲が散々怖がって嫌っていた理由を、軽く見ていたのだ、と。
何も答えられない私に、楓さんは楽しそうに笑った。
「……以前、少しだけお付き合いした男性でした」
「なるほどー。復縁を迫られた、ってことですかあ」
「でもおかしいんですよ。奴には付き合ってる女性だっているのに、急にあんなことしてきて。私が別れた相手に靡かない事なんて分かり切っていると思うのに」
私がわざとらしくいうと、突然相手は声を低くさせた。今まで見てきた頭空っぽのぶりっ子とは全く違った言い方だった。
「あなたは想像以上に目障りです」
急に出てきた本音に、つい驚きを隠せず隣を凝視する。足を組みなおし、楓さんはじっと真顔でこちらを見つめている。
楓さん相手のバトルなんて、余裕だと思ってきたのに、どうも様子が違う。
「人の婚約者を取る、という行為がどれほど愚かで敵を作るか、底辺のあなたには分からないんでしょうか。個人だけの問題じゃない、会社同士の利益もある。会社の利益はすなわち社員のためにもなるんです。うちの家と結ばれれば、二階堂はもっと大きくなれる」
「……一理あるかもしれません。でも、玲には玲の人生があります」
「あなたたちは本当に愛し合って結婚されたの?」
「もちろんです」
「へえ」
そう冷たく言った楓さんは、持っていた鞄からスマホを取り出す。それを操作して私にある画面を見せつけた。
つい先ほど、私が無理やり和人にキスされたシーンだった。
私は表情を変えない。そして、慌てることなく冷静に言った。
「これで玲と私の仲を引き離すおつもりですか? ちゃんと説明すれば、玲は分かってくれます。彼は私の話は聞いてくれるので」
妻の不貞の瞬間、とでも思ったのだろうか。本当はホテルに入る所を撮りたかったのかもしれないが、失敗に終わったので、キスで何とか証拠としたんだろう。
だが向こうも表情を崩さなかった。スマホを鞄に仕舞い込む。
「まあ、これ一枚だけじゃそうでしょうね」
「え……?」
そう言って、カバンから何やら書類を取り出す。報告書、という文字がちらりと見えた。そして私にそれを差し出してくる。
彼女は目を細めて、ゆっくりとした口調で言った。
「大島和人さんと別れた日と、玲さんとの入籍日が同日なのはどう説明なさるの?」
声が出せなかった。
膝の上に乗せられた書類には、私と玲が入籍をした届け日のことや、和人に振られた日の事などが詳細に書かれていた。でっちあげでもなんでもない、確かに私は、和人に振られたその日、玲と出会って入籍したのだ。
一般的に見て、変なスケジュールであることは間違いない。
「……これ、は」
「ねえ、分かる? この情報を流せば、普通の人は間違いなくこう思う。あなたは玲さんと大島和人を二股掛けていた。そしてさらに、その大島和人とは今でも関係がある」
ごくりと唾液を飲み込む。上手い言い訳が思いつかなかった。
確かに、いくら私が弁解したとしても、普通この二つの情報があれば勝ち目はないだろう。夫との入籍日までほかに付き合っていた男性がいた。その男性とキスしている――絶望的に、私の立場が危うい。
楓さんはにやっと笑う。
「本当はホテルにでも入って貰ったら、もっと明確な証拠になったんだけど……あの様子じゃ、あなたは本当に元カレには未練がないのね。まあ、二階堂玲という優良物件と比べたら、あんな男興味はないかあ」
「嵌めたのね」
「でもこのキス写真でも十分! 周りがどう思うか、が重要だから。
いい加減その席から下りなさい。不釣り合いです。そこは本来私がいた場所なの」
ひやっとしてしまいそうなほど、彼女の声は怖かった。私は、この人を見くびっていたのかもしれない、と思った。玲が散々怖がって嫌っていた理由を、軽く見ていたのだ、と。
何も答えられない私に、楓さんは楽しそうに笑った。



