日給10万の結婚

 後部座席の窓がゆっくりと下がる。そこから顔を出した人を見て、私は和人を使った人間が誰だったのかすぐに理解した。

「こんばんは、舞香さん。お急ぎのようですね? お送りします」

 にっこりと笑いながら赤いリップを光らせる。楓さんが、私に微笑みかけていた。

 普段のぶりっ子な声色や表情とは違った。余裕のある、そしてこちらを見下したオーラを身に纏っている。

「……こんばんは楓さん。マンションはもう見えてるので、大丈夫です。お心遣いありがとうございます」

「あなた、分かってらっしゃるでしょう? 乗らないといけないって」

 無言で彼女の顔を見る。何か話したいことがあるようだ。

 和人が私をホテルに連れ込むのは先ほど失敗したばかりだし、一体何を思っているんだろう。彼女からは普段とは違い、威圧感を感じる。

 運転席から男性が降りてきて、ドアを開けてくれた。私はため息を吐きながら、その戦に応じることにした。楓さんの隣りに乗り込む。

 車はすぐに発進したが、明らかに私のマンションとは逆方向に進みだす。高級な革のシートに座り込み、隣を見てみれば、彼女は涼しい顔をして真っすぐ前を見ていた。

「どこに行くんでしょうか」

「ああ、ちゃんとマンションまでお送りしますよ。ただ、お話がしたいので、少しだけ迂回しますね」

「……車に乗せて頂いて助かりました。さっき、変な男にまとわりつかれて怖かったんです」

 私はそう笑って見せる。楓さんもこちらを向いてにやりと笑った。

「ああ……それは大変でしたね」

「どうやら誰かの指金のようなんです。怖いですよね」

「まあ、怖いですね。でも相手はなぜそんなことをしたんでしょうね?」

「なぜだと思いますか、楓さん」

 探り合いが続く。相手は余裕たっぷりな態度で、私に答えていく。