「まあ、お前ならちゃんと見極めればいい男が見つかる」

 ずきりと胸が痛んだ。酷く痛くて、息をするのも辛いと思った。

 なぜかわからないが、玲の口からそんな言葉を聞きたくないと思っていた。彼は別に普通の事を言っているだけだというのに。

 慌てて顔をそらす。

「そ、そうかなー? ほら、今日見たでしょあの浮気相手! ふわふわして可愛くて、ああいうのがいいんだって言われたんだよね。私とは程遠いから。男は結局ああいう女の子が好きなんだよ」

「俺にはわかんないね」

「強い女はお呼びでないわけ!」

「俺はああいう媚が凄い女なんてごめんだね。舞香の方が百倍はいい女だと思ってる」

 玲の口からそんな言葉が出てきたので、今度は私の胸は大きな音を立てて鳴ることになった。痛んだり、騒いだり、なんて落ち着きがない心臓なんだ。口から飛び出しちゃいそう。

 玲がこっちをみてる。その視線が、痛い。

「……次は、ちゃんと私の良さを分かってくれる男の人を見つけなきゃいけないな。それで! えっと、自信はあってもいいけどちゃんと周りも見れる人で、私と価値観が合って。私の境遇も理解してくれて、勇太のことも考えてくれる。紳士じゃなくてもいいし、口が悪くてもお互い変な気を張らずに一緒にいられる」

 そこまで言いかけて、手で口を押えた。顔が熱くなるのを自覚する。

 今自分が挙げた項目が、まるで誰か一人の事を指してるようだった。これじゃあ、まるで告白してるようなもんだ。何を口走っているんだ、自分は。

 本人を目の前にして。

 慌ててごまかした。

「ご、ごめ、何言ってんだろ、別に今のは嘘、いや嘘じゃないけど、別に深い意味はないっていうか、その、つい言っちゃったけど気にしなくても」

 言い訳にならない言い訳を、手振り身振りで必死に言っていた私は、手元にある紅茶をひっくり返した。勢いよく中身がテーブルの上を汚していく。ハッとして立ち上がる。急いでキッチンから台拭きを持ってきて、紅茶を染み込ませた。それは床にまで滴ってしまっている。

「ご、ごめん!」

 もう一枚持ってきて、床を拭く。一人でてんぱって、何やってるんだろう。馬鹿みたいだ。

 必死に床を拭く自分の視界に、玲の足が見えた。見上げてみると、彼が私をじっと見下ろしている。その顔は今まで見たこともない顔だった。何かを我慢しているような、苦しそうな、そんな顔。

 そして彼は私の隣りにしゃがみ込むと、小さく呟いた。

「今のはお前が悪い」

 そう言うと、私の返事も聞かずに口づけた。紅茶の香りがする、少し強引なキスだった。

 それを払い除けることも押し返すことも出来ない私は、ただ黙って受け入れた。驚きだとか色々あったけど、今はどうでもいい。

 目の前にいる男を、いつの間にか好きになってしまっていた自分が、彼のキスを拒絶できるわけがない。