「いや、凄すぎるな。母親と楓の悔しそうな顔が目に浮かぶ」

「てゆうか、思ったより伊集院さんが良い人だから良かったよ。厳しくても、心は広そう」

「母親みたいなイビリするババアだったら終わりだったな」

「ババアって!」

 私は笑ってしまう。

「意地悪おばさんだったら、どうせ何してもいちゃもん付けてくるからね。だったら攻めてやろうと思ったまで」

「度胸が並みじゃねえ」

「これで玲も安心した?」

 隣を見てみると、彼がふ、と表情を緩めて笑った。玲は最近、こういう顔をよくするようになったと思う。一緒に住み始めた頃とはまるで違う。

「頑張ったな。褒美をやろう」

「いや、三千万の仕事ですから……」

「特別手当だ」

「ええー」

 チューハイを飲みながら考える。だって、ご飯だの服だの、いい物を買い与えられてるし、勇太の家賃代も払ってくれてるみたいだし、何もほしい物なんてないんだけど。

 そう考えた時、あっと思い出した。グラスをテーブルに置き、玲に向き直る。

「おっけ、今日は一緒に寝よ!」

 玲がお酒を吹き出した。こいつ結構吹き出し癖があるらしい。私は呆れながらティッシュで周りを拭く。

「いや吹き出しすぎ」

「お前何言ってんの?」

「玲結局ここ最近もずーっとあんまり寝てないでしょ。目の下にうっすらクマ出来てるの気づいてるよ。今日は仕事休んで早くねよーよ」

「なんで褒美が俺の睡眠なんだよ」

「心配してるんだよこっちは。妻としてさー睡眠は大事だよ?」

「まあ、舞香は夜ほんとよく寝てるよな……」

「昔から寝つきもいいし、寝たら朝まで起きないタイプだからね。ほら、それ飲んだらもう寝よう。心配事も一つ減ったわけだし、今日はきっとよく眠れるよ」

 私がそう言うと、玲はなぜか不満そうに残ったお酒を飲んだ。何だその顔、そんなに早く寝るのが嫌なのか? 最初の頃はいつも私と同じくらいの睡眠時間だったのに。不眠症か?

「分かった、じゃあ寝る」

「よっし、じゃあ私歯磨きしてこよー」

 私はグラスの中身を飲み干すと、玲のグラスも手に持ちキッチンへ置きに行った。さてさて、無事やり遂げた後だし、本当に今日は快眠できそう。まあ毎晩快眠なんですが。