「ねえ、弾けるよね?」

「え?」

「ピアノ。沢里の指、ピアノ弾く人の指してる」

 子供の頃からピアノを弾いている人の指の形は見れば分かる。

 そう言うと沢里は目を丸くして頷いた。

「ああ、まあひと通りなら」

「じゃあ、弾くのかわってくれない? ずっとこのコード弾いててほしいの。いいって言うまで、お願い」

 ピアノの正面を沢里に譲り、父の好きだったコードを一回奏でる。

 指が痛んで休み休み合わせていた、コードに歌を乗せる作業。

 横でピアノを弾いてもらえるのならばかなり助かる。

 便利な音楽アプリを使えば特定のコードをループ再生することなど容易いこと。

 しかし私の作曲スタイルは昔からピアノと五線譜のみのアナログだ。

 慣れ親しんだ方法を崩すことには抵抗があった。

 それに沢里がなにかしたいというならば、重くもなく丁度いい頼みごとになるのではないか。

 無茶振りとは思いつつ頼んでみると、呆気なく快諾された。