君の隣で歌いたい。



 なにかに夢中になると周りが見えなくなるのは自分でも悪い癖だと思う。

 けれど誰だって、ふと顔を上げたら『部屋の窓から人の目が覗き込んでいた』なんて状況になったら、飛び跳ねて当然ではないだろうか。


 五線譜から顔を上げたらホラー映画さながらに目と目が合った。

 練習室のドアの小窓から。こちらを覗き込む目と。


「ぎゃーーー!!」


 思わず狭い部屋の中でびょんと飛びのき、ピアノの影に隠れた。

 音楽の世界から一気に目が覚め、心臓が飛び出しそうになるのを抑える。

「俺、俺! 驚かせてごめん。声かけるタイミングに迷って……」

 無遠慮に部屋に入ってきたのは目が合った相手――沢里だ。

 一体いつから見ていたのか、問おうとしても驚きすぎて言葉が出ない。

「や、やめてよもう……ああびっくりした」

「ごめんな」

 もしも犬の耳があったらぺたりと垂れている。そんな幻覚が見えるほどに沢里はしょげていた。

「いやそこまでは責めていない」と言いかけたが、ふと向けられる視線を辿り思い直す。

 沢里が私の手を見ながら謝っていたからだ。