目の前のご飯に「待て」をされているように落ち着かない視線に、私は指を止めてため息をつく。
「なに? 気になるんだけど」
「あ、ごめん。そういや最近歌のレッスン受けてないなと思ったらつい」
そう言って部屋の隅で縮こまる沢里。私はその姿に見覚えがあった。
歌いたくても歌えない、昔の自分の姿によく似ている。
「……じゃあ、歌ってみる?」
「え?」
「はいオクターブから」
こんな提案はただの気紛れだ。ただ、歌いたいというその気持ちはよく分かる。
私はピアノを弾きながら、ドレミファソファミレドを「A」で歌い、一音ずつ上げていった。基本的な発声練習。それを繰り返し、喉を温める。
少しして私の声に沢里の声が遠慮がちに重なった。
