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「強引すぎるって言われない?」

 ピアノの準備をしながら練習室の隅に立つ沢里に問いかける。

「言われたことないなあ」

「ああそう……」

 周りからの人気ぶりを考えると、無茶苦茶が許される環境で生きてきたのだろう。にこにこしていれば人生なんとかなるなんて、得なキャラクターだ。

 そんな憶測をされているとも知らず、沢里はニカっと白い歯を覗かせて笑う。

「まあ、こんなに必死になるのはリンカに対してだけだから」

「はあ……」

 それは、できればやめてほしい。と言っても恐らくやめてはくれないのだろう。その必死さは向けられる方も体力が削られるのだ。

 突っ込む気にもなれず私は黙ってピアノ椅子に腰かけた。

 まずは指練習のためにハノンを弾く。指の感覚を確かめながら鍵盤をなぞる。

 これはピアノを弾くためのウォーミングアップのようなものだ。

 しかしその時点ですでに沢里がソワソワしていることに気付いてしまった。