勢いよく迫りくるその姿は散歩に連れて行ってほしい犬にしか見えない。土井ちゃんが若干引いているのが分かる。

 沢里が断っても断ってもめげない習性を持つことはすでに理解済みだ。

 こうなったら私のOKが出るまでこの場で粘り続けるに違いない。

 ――適当に弾いているところを少し見せれば満足して帰るかも。

 それになにより、このままこの不毛な戦いに土井ちゃんを付き合わせるのも悪い。

「分かった。少し、すこーしだけなら」

「やったーーー!!」

「ゴールデンレトリバーのゾンビって意味がなんとなく分かったわ」土井ちゃんはそう言って私の肩を叩き帰って行った。

 新曲の完成がまた遠のきそうだ。そのことを心の中で土井ちゃんに謝りながら、沢里と並んでピアノの練習室に向かうのだった。