家に帰ると透流さんは既に部屋で待っていた。学校を出る時に連絡してからもう大分時間がたってしまっている。

「ごめんなさい! 遅くなりました」

「構わないけど次からは遅れそうなら連絡くれるかな」

「はい、」

「これでも暇じゃあないんだ。大学の課題もあるし。でも凛夏ちゃんのためを思ってこうして時間を使っているんだよ」

「わ、分かってます。あの、本当にごめんなさい」

 透流さんの言うことはいつも正論だ。遅れた私が悪い。けれどどうしても、相手が柾輝くんだったらこんなにねちねち言わないのにと思ってしまう。いや、がつんと怒られるだろうが、その方が百倍マシだ。

 ピリピリとした雰囲気の中参考書を開き、透流さんの指示に従いながら数式を解いていく。数学は苦手ではない。なぜなら数字に音を感じられるからだ。

 これはあまり人に理解されたことがないが、マスノートに並ぶ数字の羅列はどこか五線譜の上の音符に似ている気がする。

 好きなものに似ているものは簡単に好きになれるなんて、我ながら単純だ。

 透流さんにも特になにも言われることなく黙々と手を進める。時々視線が気になるのは気にしないことにした。

 透流さんの視線が厳しいのはいつものことだ。その眼鏡の奥の瞳を、私は見ることができない。不真面目で遅刻魔の私を責めているように見えて、しかしどこか観察しているような目が苦手なのだ。