君の隣で歌いたい。



 渡されたアイスを握った手の感覚が失われていく。

 目の前の男はやはりなにも聞かないのだ。それどころか勝手に自分の行動を省みてしょんぼりとしている。

 沢里にこんな顔をさせるくらいなら、歌わない方がよかったかもしれない。

 そこまで考えてふと気付く。歌わなかったらあの一体感は味わえなかった。

 沢里は思慮深い人間だ。きっと私に無理をさせないように、もう一緒に歌いたいと言わないだろう。

 本当にそれでいいのか?

 高鳴る胸の前でアイスを強く握る。

 あの時私は世界に沢里と二人しかいないような、そんな気分になっていた。そしてそれを心地いいと感じたのだ。

『やりたいことを諦めてはいけないよ』

 義父の言葉が脳裏に浮かぶ。本当につらいのは、やりたいことから逃げること。

「沢里と歌うのはつらくないの」

 斜め前を歩く沢里が振り返った。

「声が合わさった時、すごく気持ちよかった。沢里が私に合わせようとしてくれるのも、私が沢里に合わせるのも、すごく楽しい」

「リンカ……?」

「つらいのは、昔のこと思い出すから」

 握り過ぎたアイスから水滴がしたたりアスファルトに落ちる。丸く染みたその跡は、いつかの涙によく似ていた。

「聞いてくれる? 私の――中学時代の話」