沙羅は東京の街をよく知らないため、車がどこへ向かって走っているのか全く分からなかった。でも、到着地が違う。
「表参道って言ったのに…」
翔は困ったように微笑んで、沙羅の肩をポンポンと叩く。
「表参道は、ここ最近悪い事案が多過ぎて、却下になった。
銀座は昔からセレブのご用達の店が多くて、セキュリティや治安の面でも安心…らしい」
翔はそう言いながら苦笑いしている。
「沙羅がどうしても行きたい店とかないみたいだったから、俺も支配人の意見に賛同した」
沙羅も苦笑いをする。確かに、今朝、ショッピングの事を思い付いたくらいの事。何の思い入れもなかった。
二人は車を降りると、銀座の街へ繰り出した。
銀座の街だって、沙羅にとっては初めての体験だ。子供の頃に母に付き合って来た事はあるけれど、何も記憶に残っていない。
お抱えのロールスロイスを見送ると、翔が沙羅の肩を引き寄せた。
「俺は居ないものとして好きに動いていいからね」
沙羅の肩を抱き寄せながら、翔はそんな事を言う。
「分かった」
そんなちぐはぐな会話がすごく楽しい。ニコニコ笑いながら、それでも翔の視線は周りをまんべんなく見ている。まるで野生のハンターみたいに。



