「おい遅い。」

「あれ、今日は待ってくれてるんだ!」


頭に寝癖をつけたまま、いかにも“今起きました”感満載でやってくるのは俺の幼馴染である花井緋鞠。

年長の時俺がこの街に越してきてから高一の今日までの付き合いだ。


「早くしないと置いていくぞ。」

小学校の時に緋鞠の親が仕事で学校へ一緒に行けなかった時、

俺が代わりに行くことになってから何故か変わらず続くこの朝の恒例行事。




たかが十分の道だけど、心安らぐ所がある。


認めたくはないし、俺自身そのつもりは一切ないのに周りから“花井には甘い”と言われることもあるのだから緋鞠には多少の好意を持っているのは自分でもわかる。


だが、そう言うわけではなくただ純粋無垢な緋鞠と歩いていると少し落ち着く。


これを一種の愛情と呼ぶのか否かは、わからない。



「翔斗、もうちょっとで体育祭だよ! なんの種目に出るの?」


「借り人とクラス対抗。」


「え、借り人出るの? やった、じゃあ私に合う奴あったら私借りてね!」



借り人競争とはうちの高校だけにある競技で、借り物の人バージョンというようなものだ。
毎年実行委員が“好きな人”を入れたがっているけど先生からの倫理審査で通ってないらしい、という噂を聞いたことのある。

でも今年はあるらしい、いややっぱりないらしい、とあちこちで囁かれているのだ。


「はいはい。」

うちの体育祭は文化祭、音楽祭と並ぶ大きな行事だが、の割には準備が全然。

文化祭の実行委員はその年の文化祭が終わったらすぐに選挙で決まる、といった感じで長い時は4ヶ月前から全校生徒が準備を始めるし、

音楽祭は2ヶ月前から放課後の合唱練が用意されているのに、体育祭は体育の授業で1、2回だけ自分の出る種目の練習ができる程度であとは全くだ。



「学年優勝目指そうね!」

まあ、緋鞠はこんな感じでまだ後一ヶ月はあるのに既に体育祭に向けて張り切っているが。


「あぁ。」


少し先を歩く緋鞠の一つに結われた髪が秋の風に靡く。

いつもは髪を結んでいないからか少し新鮮で、同時に頸が見えて目を逸らす。



一度も告白されたことのない緋鞠だが、それは一重に俺が常に一緒にいるからというだけで実は愛嬌もあり可愛らしい顔立ちをしていて男子からそこそこの人気は集めている。


学校に行くと注目を集めそうで、少し心の中に霧がかかった。



他のやつには見せたくない、そう少し思ってしまうのはいつものことだ。



「そういえば、この前…」


緋鞠はもう体育祭のことを忘れたかのように、他の話題をし始める。


楽しそうに話す緋鞠の横顔を見て、先程の憂鬱は嘘のように俺も自然と笑顔になった。