危惧していたことだった。
でも、やっぱり油断はしていた。
「おい翔斗! 聞いたか?」
SHRの終わりの挨拶とほぼ被さるくらいの勢いで、拓人が俺の席に流れ込んできたことが始まりだった。
「なんの話だ?」
どうせ好きな芸能人が結婚した、だとか推しキャラが死んだ、だとかあの漫画が最終章突入したんだ、とかというレベルの話だと思っていた俺は早く帰りたい、と思いながら返事をしたのが馬鹿だった。
「花井が告白されたらしいぞ!」
は?
机を前に送る手が急に止まって、腰に後ろから来る机の角が当たった。
一旦、机を前まで送る。
え、は?
とりあえず拓人を教室から引っ張り出して、廊下に出る。
こんな急なことがあるか?
さっきまでの憂鬱さが一気に吹き飛ばされる。
この場合、悪いことが怒ったせいで。
「え、は? は?は? 返事は?
相手はどこのどいつだ? は? いつの話?」
「それが…篠原だ。」
篠原凛。今緋鞠の隣の席の、爽やか系イケメンだとかなんだで女子から人気があるやつ。
緋鞠のことはちゃん付で呼ぶし、何かと俺に反抗的で絶対に危ないと思っていたのに止めることができなかった。
怒りで拳が固まる。
「で返事は? どうだったんだ?」
「それがわからないんだ。
篠原は何も言わないし、そこらの男子が花井に聞けるわけないだろ? 女子なんか撃沈してるし。付き合ったとかどうだとか以前の問題だわありゃ。」
「あぁもう!」
苛立ちが溜まって、壁を殴る。
近くにいた何人かが何事かとこちらを見るが、気にしない。
「篠原…もう許さん。絶対に許さん。」
「許さんってお前、何する気?」
「…とりあえず結果を緋鞠に聞いてくる。」
興奮気味だという自覚はあるけど、流石に感情を制御できるほど冷静になれない。
「おい緋鞠。」
教室掃除をしていた緋鞠に声をかける。
箒を動かす手を止めてこちらを見る緋鞠。
「どう…したの?」
「どうしたってお前、篠原に告られたって本当か?」
「そう、だけど。なんで翔斗が…?」
「なんでって。」
お前のことが好きだから気になるんだろ、とは言えない。
「とにかく! 返事はどうしたんだ!?」
緋鞠の瞳が揺らぐ。
言い方が悪かった、と後悔してももう遅い。
明らかに顔を歪めて緋鞠はたった一言、こう言った。
「翔斗には関係ないじゃない…!」
箒を俺に押し付けて走り出す緋鞠。
俺はその後ろ姿をただただ見つめるだけだった。