「……顔色が悪いわね?」
「そう見えますか?」

 私の問いかけに、アルーグは素早く返答してきた。
 しかしそれも、いつもより歯切れが悪いような気もする。我が息子ながら、驚くべき程に凛としているアルーグが、そのようになるのは珍しい。
 これは何かがあったと考えるべきだろう。母親としては当然心配である。

「何かあったということかしら?」
「何もありません。少なくとも、母上が心配するようなことではない」
「そう……」

 アルーグの返答に、私は少し考えることになった。
 踏み込むべきか、踏み込まざるべきか、それを見極めなければならない。母親にだからこそ話せないこともある。それはつい最近、わかったことだ。
 ことこのラーデイン公爵家において、相談相手というのは重要な者である。アルーグ本人が、私に話すことを望んでいないというなら、踏み込まないのが正解なのかもしれない。

「それはイルフェアやウルスドになら話せることかしら?」
「……」
「そうではないみたいね」

 質問に対する返答はなかったが、アルーグが何を考えているのかはわかった。
 長男ということもあってから、アルーグは妹や弟には特に弱さを見せようとしない。つまり今の質問は、愚問だったといえるだろうか。
 顔を見た時から、わかっていた。アルーグが今悩んでいることは、彼にとって弱い部分に関することなのだと。それならもう少し、気を遣うべきだったかもしれない。

「自分のことはこれでも理解しているつもりです」
「え?」
「母上に心配をかけてしまうことは、申し訳なく思っています。しかし安心していただきたい。どうすれば良いのかは、もうわかっています。幸いにも俺には、悩みを話せる人がいる」
「それは……ああ」

 アルーグは少し恥ずかしそうにしながら、言葉を発していた。
 そのことから、理解する。アルーグが婚約者であるカーティア嬢を頼ろうとしていることを。
 幸運なことに、あの人が決めたその婚約者は、アルーグにとって本当に良い人だったようだ。色々と話は聞いているため、それを思い出して思わず笑みを浮かべてしまう。

「母上、その笑みの意図がわかりかねます」
「ごめんなさい。でも、嬉しいのよ。アルーグが良き人と巡り会えたということが……そうね。その点において、ラーデイン公爵家は恵まれているといえるわ。オルティナ以外は、良い人を見つけたみたいだし」
「その点について、異論があるという訳ではありません。しかし……」

 そこでアルーグは、言葉を区切った。
 数秒の沈黙からは、思案が伺える。やはり今日のアルーグは、歯切れが悪い。いつもなら、私にさえもすぐに切れ味が良い言葉をかけてくるというのに。

「……私にとっても、あの人との巡り合わせは良いものだったわ」
「……申し訳ありません。余計なことを思い出せてしまいましたね」
「いいえ、いいのよ。そんな風に気を遣わないで頂戴」

 私はアルーグの言葉に、ゆっくりと首を横に振る。
 私も知らない訳ではない。アルーグの中で、どれ程父親という存在が大きかったのかということを。
 彼はその背中をずっと追いかけていた。幼い頃のアルーグの姿が、脳裏に過ってくる。あの頃は本当に、なんと幸せだと思ったことか。

「私は今、幸せよ。色々とあったけれど、あなたや皆が一緒にいてくれるのだもの」
「……」
「これで良かった、とは思えないけれど、少なくとも今は前を向けているもの。あなた達のお陰よ」
「母上……やはり俺は、あなた程偉大な人を他に知りません」