「お久しぶりでございます、ハートの女王様…。」

人馬からそっと降りた亜里珠の目の前にふわりと舞い降りたのは、赤いドレスに顔半分を仮面でおおった女性、ハートの女王その人だった。

「女王様…!」

亜里珠の声に女王は柔らかく微笑みかけた。

「アリス、お怪我はありませんか?」

「うん、私は大丈夫。それより帽子屋さん…帽子屋さんが……!」

「大丈夫よ、アリス。彼は必ず助けますわ。…貴方だけでもご無事でよかった。」

間もなく、身体に絡み付くようにねっとりと、ジャックの声が耳に届いた。

「これはこれは…"クイーン"のお出ましですか。」

その声に女王は、あくまでも凛とした態度を振る舞う。

「アリスはあくまで"ルーク"。"キング"じゃなくてよ、ジャック。…いえ、"キング"と呼ぶべきかしら?」

小さな金属音と同時に、女王は地から金色に輝く剣を引き抜く。
きめ細かな装飾に一番赤く光るのはルビーだろうか。とても戦いには勿体ないその剣を両の手で構えた。

「…ルーク。そうか、アリスはあくまで不思議の国の"創造主"であり、"国の基盤"…つまり"城"と同じ、というわけね。」

そんな人馬の言葉も、女王の発言も、自分の存在"ルーク"の意味も、今のアリスにはどうでもよかった。

早く、帽子屋を助けなければいけない。

女王は、ジャックを見据えたまま、今までにのないくらい声を上げる。

「帽子屋、気をしっかりお持ちなさい!貴方は必ず、私が助けますわ!」

その言葉に、亜里珠は帽子屋に視線を移す。

…びくともしない。

手が震える。早く帽子屋を助けたい。早く帽子屋の元へ行きたいのに、心が早く早くと急かすのに、何故か体が凍り付いたかのように動かない。

ナゼ?ドウシテ?

ねぇ…やだ…嫌だ…!
死なないで…帽子屋さん……!!