「葵くんっ!」

「一華?! どうした?」

 勢いのまま名前を呼んだ。言った後に、周りにたくさんの男の子がいることに気づいて、心が動揺する。


 あ、男子がたくさんいる。こわい。

 表情は強張っていたと思う。それにいち早く気づいた葵くんは、周りの男子に「先行っててー!」そう声を掛けてくれた。

 誰もいなに教室に二人きり。初めての空間にどうしても緊張してしまう。

「一華、なにかあった?」

「あ、葵くん。葵くんが制服着ない理由って、わたしのせいなの?」

「なんのことー?」

 葵くんはとぼけた声で知らないふりをする。
 
「聞いたんだ。朝のホームルームは制服で出なさいって先生から注意されているの。それでも制服を着ないのは、制服だとわたしが嫌がるから……でしょ?」

 葵くんは優しいことを知っている。自分を犠牲にしても、わたしのために怒られるのを我慢してくれたんだ。嬉しいけど。けど、わたしのせいで、葵くんが怒られるのは、やっぱりつらい。


「バレちゃったかー。まあ、でも説教されるくらいなら全然平気だし」

「平気じゃないよ。わたしが、制服だと嫌がったから……わたしのせいで……」

「僕が選んだんだよ。少しでも一華が僕に嫌悪感を抱かなくなってほしかっただけ。僕の勝手な自己都合だよ」

「嫌悪感なんて! 葵くんに嫌悪感なんて、抱いたこと一度もないよ」

 葵くんに嫌悪感なんて抱いたことはない。
 あれ。自分で言っていて気づいたけど。なんで、葵くんには嫌悪感を抱かないんだろう。男の子なのに……。


「それって、男だと認識されてないってこと?」

「へ?」
 
 葵くんは、聞き取れるギリギリの声で呟いた。

「だったら、明日から制服着てくる。一華はそれで平気?」

「う、うん」

「もし、嫌な気持ちになったら教えて? そしたら、制服なんてもう着ないから」

「そ、それは。だめだよ、」

「ははっ。じゃあ、化学室一緒に行こう?」

「う、うん」

 男子と廊下を肩を並べて歩いたことなんて、一度もなかった。
 一緒に歩いて気づいたこと。
 
 葵くんは、やっぱりかわいい。
 でも……、よく見ると肩幅は大きいし、少し喉ぼとけも出ていた。

 正真正銘男の子だ。男の子だと分かっても、拒否反応は出てこない。

 一緒に歩くのが、なんだか気恥ずかしくて。うれしくて。
 心の奥がじーんと、あたたかかった。