病棟から逃げ出し医局の奥までやってきた私は、今はちょうど誰もいない仮眠室のソファーに腰かけていた。
自分でもいい加減情けないと思っているし、もっと堂々としていれば意地悪されることもないのはよくわかっている。
でも、それができないのが私だからしかたがない。

「やっぱりここにいたのか?」

そこへ、影井が現れた。

「何か用?」

影井を恨むのは間違っているとわかっていても、この状況ではつい冷たい態度になってしまう。
そんな私に、影井は優しかった。

「大丈夫か?」

ゆっくりと近づき、私を包み込むようにそっと抱きしめた影井から温もりが伝わってくる。
その温かさに気持ちが緩んだのか、目の前が滲みだした。

「ごめんね」

もっとしっかりしないといけないのに、くよくよする自分が情けない。

「バカだな。もっと俺に甘えろ。どんなことをしても俺が碧を守ってやるから」
「影井」
「違うだろ、素晴だ」

ああ、そうだった。

「素晴って呼ばないと、毎日病棟へ押しかけるぞ」
「や、やめて」

そんなことされたら私の心臓が持たない。

「・・・素晴」
何度か催促されてやっと口にした。

「うん、碧」

ここが職場だってことも忘れて、私は素晴の背中に手を回した。
そしてこの時、私もこの人が好きなんだと気が付いてしまった。