それはさておき――

「いい加減離れろ! どうしてお前は俺に付きまとうんだ!」

「あと五秒。今日はまだ殿下の匂いを嗅いでいませ――」

「やめろ嗅ぐな‼」

 すーはーと大きく深呼吸したエイミーにぞっとして、ライオネルは今度は両手で彼女の顔を押しのけた。

 この小さな体の一体どこにこんな力があるのか。力いっぱい押しのけているのにエイミーは意地でも張り付いて離れない。

「ひどいです殿下、わたし、殿下の婚約者なのに」

「今すぐどこかに頭をぶつけて記憶を消去したい事実をわざわざ口にするな‼」

 そう、ライオネルが何よりも絶望したい事実は、この変人モモンガ令嬢エイミー・カニングが、婚約式を交わした正式な自分の婚約者であるということだ。

(父上め、とち狂いやがってっ)

 こんなのを王妃にしたら国が亡びると何度も何度も父親である国王に奏上したライオネルであるが、エイミーと婚約して十一年、その訴えが通ったためしは一度もない。

 何故ならどういうわけかこの変人エイミーは、その頭が痛くなるような性格さえ目をつむれば有能なのだ。

 入学試験もライオネルを抑えて堂々の一位。

 文武両道で「音痴」という一点を除けばできないことはないと言わしめる才女である。

 その美点をすべて打ち消してなお余るほどの変人であるのに、今のところ被害者がライオネル一人という点でこの最大の欠点が「問題なし」とされているのだ。