あれは去年のこと。大雨が降って車で帰宅する途中のことだ。
車の窓から公園で誰かがうずくまっているのが目に止まる。八重は運転手に車を止めるように言い、傘を差して車を降りた。
うずくまっていたのは傷だらけの少年だった。
頬は赤く腫れ、口元は切れて流血している。それなのに傷はそのまま、雨に晒されていた。
その少年は八重と同い年くらいで、野犬のようにかなり気が立っていた。少しでも近づくと、ギロリと睨んで威嚇する。
それでも八重はお構いなしに、少年の前にしゃがみ込んで言った。
「風邪を引いてしまいますよ」
そんな八重に向かって少年は噛みつくように喚く。
「うるせえ!俺に構うな!消えろよ!」
「でもあなた、このままでは死んでしまうかもしれませんよ」
「死んだっていいよ」
吐き捨てるように言った少年の頬をぺちんと叩いた。音の如く弱々しいビンタだったが、八重は目を吊り上げて少年に怒った。
「死んでもいいだなんて、簡単に口に出す言葉じゃありませんわ」
少年は驚いて八重を見返した。
怒鳴りつけたら逃げていくだろうと思っていたのに、逆に説教されるとは思っていなかったからだ。



