ふらりと現れた那桜の姿に、店にいた他の女性客たちが思わず「えっ!」と声を漏らしていた。
 突然現れたイケメンに色めき立っているのだろう。那桜は一切構わず、真っ直ぐ八重に向かってスタスタ歩く。


「帰りますよ、八重」

「はい……」


 八重は抵抗するつもりはなかった。これ以上迷惑はかけられない。
 急に現実に引き戻されたような感覚だった。


「明緋さん、ありがとうございました。わたくしの我儘に付き合っていただいて感謝しかありません」


 八重は明緋に向かって深々と頭を下げる。


「とても楽しかったですわ。本当にありがとうございます」

「待てよ、八重!」


 明緋は八重の衣装の裾を引っ張る。


「お前、大丈夫なのか?」

「…………。」

「八重……!」

「お前が八重を連れ回してたのか?」


 那桜は普段の穏やかさは鳴りをひそめ、低い声で明緋を睨みつける。八重は慌てて否定した。


「違います!この方はわたくしの我儘に付き合ってくださっただけです!連れ回したのはわたくしですわ!」

「八重……」

「お前、八重の彼氏か?」

「違いますわ!幼馴染です!」

「幼馴染で八重のお目付役みたいなものだよ。八重が世話になったのなら礼を言うけど」

「お目付役って……なんで八重は監視されなきゃならねーんだよ?」

「……お前に関係ある?」

「明緋さんっ!!」