「付き合ってよ」

大学三年生の夏だった。みな前期の試験をすべて終えて夏休みが来る解放感で浮足立っていた。
社会人になって繰り返される夏と違って、学生時代の夏は本当に一度きりの夏という感じが強かった。さらに言ってしまえば一日一日が貴重だった。それを思いっきり楽しみたいと思うのは自然なことだ。
それでも了吾は夏が来る勢いで言ったのではないとしつこく説明していたが、今まで自分に気があると思ったことなどない男からの告白は、意外なものでしかなかった。冗談を言わないで、とすら円は言った。そのくらい予想外のことだった。

しかしながら了吾とは授業やゼミで顔を合わせていて、その人柄もそれなりに知っていたつもりだったから、悪い気がしなかったのは事実だった。ただ異性として意識するかしないかの違いだけだったようにも思う。

「いいじゃん、夏休みだし。海とか山とか花火とか、一緒に楽しもうよ。」

彼のライトな人柄も嫌いでなかった。
返事を保留するほど真剣な告白ではないのはわかっていたし、彼が気軽な交際を望んでいたこともわかった。そうやってほだされていくうちに了吾ならまあいいか、という気持ちになって円はイエスの返事をした。

ちょっとだけ特別な夏が始まることへの期待感。見知った相手が特別な存在に変わる夏。
お互い若かったというのもある。彼氏とか彼女とか、恋愛に対する好奇心や憧れがなかったとは言わない。それでも何もない夏よりいいと思った。
いいよ、と円が言うと了吾は笑顔を見せて喜んだ。

「やった!」

そう言って、揃った歯並びを見せて、目を細めて。
そのときのこの胸の感じは、どう表現したらいいかもわからないし、他に味わったことがない。
大人になるにつれて感動は薄れていくから、人生における最初で最後の一回だったのかもしれない。了吾だったから、と思うつもりはない。

ただ、それからは予想以上にいい付き合いをした。江の島で一日中遊び尽くしたり、墨田川の花火大会の人込みに出かけたり、高尾山にも上った。二度とない貴重な時間を二人で共有したのだ。一人では体験できないことがそこにあった。

でも夏休みが終わって授業が始まれば、わざわざ出かけるようなこともなくなるかと思ったが、そうでもなかった。空き時間にコーヒーを飲みに行ったり、学食で昼休みを過ごしたり、図書館で並んで勉強するなど、周囲の誰が見ても二人が親しい関係だとわかるくらい、一緒にいた。

そうやってそのまま一生一緒にいるのかな、と思うくらい。