家に帰ってスマホを見ると、香苗から連絡が来ていた。
”美織、家にいる?”
”いるよー”
”今から行ってもいい?”
”もちろん!!”
香苗が家に来るなんてめったにないことだから、なぜか落ち着かなくて、部屋にほこりがないかとか妙に気にしてしまった。
数十分して、ピンポン、と玄関のチャイムが鳴った。
「やっほ」
「香苗が来るなんて珍しいね」
「そうだね、なんか行きたいなーって唐突に思った」
「とりあえず上がって」
「おじゃまします」
香苗を部屋まで案内し、二人でベッドに腰掛ける。
いつもは一緒にいたら話が止まらないはずなのに、なぜか今日は香苗が静かだ。
それに耐えられなくて、先に沈黙を破ったのは私だった。
「ねえ香苗、急にどうしたの?私の家に来るなんて。親と喧嘩でもしたの?」
「んー…?喧嘩なんかしてないよ。ほんとに唐突に思って、来ちゃっただけ」
そう言う香苗の顔は少しだけ曇っていた。
私が何か言う前に、香苗が話題をそらした。
「お菓子持ってきたから食べよ?」
「うん…ありがと」
大きいサイズのポテトチップスをパーティー開けする。
普段なら私よりも食べるスピードが速いはずの香苗は、自分が持ってきたというのにあまり手を付けようとしなかった。
「ねえ、何かあったの?」
「別に…なにも、ないよ」
絶対嘘だ。だって、目が泳いでるもん。
香苗も結構顔に出てるよ。
私のこと言えないじゃん。
「嘘だ。言って?相談事とか、言いづらかったら今日じゃなくてもいいけど」
香苗が何かを考えるように目を閉じて、うなずく。
そしてゆっくりと目を開けて、口を開いた。
「…美織は、桜木先輩のこと、嫌いになっちゃったの?」
思いがけない質問に、すぐに言葉が出なかった。
「え、…?急に、なに…?」
「ちょっと気になっただけ。…ほら、もうすぐ三年生卒業しちゃうじゃん?」
「…そう、だね」
あと二週間ぐらいで。
ぐっ、と胸の奥が詰まる。
そんな気持ちを察したかのように、慌てて香苗が付け足した。
「ごめん、こんな話したくなかったよね」
「そんなこと―」
ないよ、と言いかけてやめる。
そもそも、私にはもう桜木先輩を好きになっていい権利はないから。
なんだか気まずくなって、話を変える。
「明日、学食何食べる?」
「学食って何があるの?あたし行ったことないからわかんない。美織はわかる?」
「私さ…学校体験の時、食べたんだよね」
「え!いいな。おいしかった?」
「うーん、よく覚えてない。でも…」
「でも?」
「イケメンの人がおすすめしてたからって理由で、から揚げ定食食べたよ…」
「へえ、イケメン、まだいる?」
「…桜木、先輩」
香苗はとても驚いた顔をしていた。いつも通りの香苗だった。
「本当、それ」
「うん、本当。イケメンだーって友達とはしゃいで、その人がおいしいってめっちゃ言うから私たちもから揚げ定食にしたの。今日その友達と会って、そのイケメンが桜木先輩だったってわかったの」
「そうなんだ、…じゃあ、明日」
「もちろん、から揚げ定食食べるよ」
「てことは、美織…」
「まだ自分でもよくわかんないの」
香苗の目を見てはっきりと言った。
香苗はすごくうれしそうな顔でうなずいた。
「相談乗るからね!あたし、もうめっちゃ応援する。最後まで美織のこと守る」
「ありがとう」
「美織の気持ち聞けたことだし、もう帰ろうかな」
そう言って立ち上がる香苗の顔は、やっぱりどこか暗くて。
「ねえ香苗、ほんとに何にもない?私の家に来た理由、これだけ?元気なさそうだけど」
香苗は少しびくっとした。
でもすぐに平静を装って、言った。
「ほんとに何にもない。大丈夫だよ」
「…ふうん、ならいいけど」
聞かれたくなさそうだったから、今日はもう聞くのをやめる。
でも香苗が私に寄り添ってくれたように、私も香苗が何かあった時には寄り添いたい。
だから、言う。
「何かあったら言ってね、絶対ね。私、味方になるから」
香苗は泣きそうな目をして、
「ありがとう、本当に大丈夫だから…じゃあ、また明日」
と言って逃げるように帰っていった。
